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ギリシャ極左政党が開けた「地獄の釜」 崩壊に向かう民主主義

木村正人在英国際ジャーナリスト

これまではすったもんだの末に最後は必ず歩み寄ってきた欧州単一通貨通ユーロ圏(19カ国)が崩壊に近づいて来た。路頭に迷うのはユーロ圏残留を望みながらも緊縮策の緩和を求めて急進左派連合(SYRIZA)に1票を投じたギリシャ国民だ。

筆者作成
筆者作成

国際通貨基金(IMF)に対する総額約16億ユーロの返済期限が6月30日に迫る中、ユーロ圏財務相会合が27日に開かれた。ギリシャのチプラス首相は153億ユーロの支援を受けるため債権者団の再建案を受け入れるかどうかの国民投票を返済期限後の7月5日に実施すると一方的に宣言した。

ユーロ圏の財務相たちはチプラス首相との交渉を打ち切った。欧州連合(EU)のモスコビシ欧州委員(経済金融問題・税制・関税担当)は「(欧州債務危機の最中だった)3年前よりユーロ圏は安定している」と信用不安の払拭に努めた。ユーロ圏と合意できなければIMFに16億ユーロが返済できず、ギリシャはデフォルト(債務不履行)する。

ギリシャでは27日、資本規制に備えて国民が全国の現金自動預払機に殺到した。ユーロ圏は信用できないチプラス政権を崩壊に追い込み、新政権樹立後の交渉に望みをつないでいる。だが、果たしてシナリオ通り事が運ぶかどうか。ギリシャ議会では14時間に及ぶ罵り合いの末、28日未明、賛成178票、反対120票で国民投票の実施が可決された。

国民投票がどんな内容になるのか誰にも分からない。もし債権者団の再建案を受け入れるという投票が多数を占めても、チプラス政権が何をどのように実行するのかまったく信用できない。それがギリシャを除くユーロ圏の一致した結論だ。資本流出を防ぐためギリシャには銀行休業、資本規制が導入されるのは避けられまい。

欧州中央銀行(ECB)が緊急流動性支援(ELA)をストップすればギリシャの金融システムは崩壊し、経済は完全に麻痺する。もだえ苦しむのはギリシャ国民だ。ユーロ圏の支援を自ら突っぱねたチプラス首相が望むものは緊縮策の緩和ではなく、ギリシャのさらなる混乱であることがはっきりしてきた。

「ギリシャ国民を苦しめているのはユーロ圏の強いる緊縮策だ」「ギリシャを破綻に追い込んだのはユーロ圏である」。チプラス首相は怨嗟の声をエスカレートさせている。これは非常に危険な兆候だ。

ギリシャは侵略され、極左と極右に翻弄される悲劇の歴史を経て、1974年に軍事政権から民主化した。チプラス首相が開けようとしているのは、まさにその地獄の釜である。

チプラス首相が国民投票を宣言する前に行われたギリシャ国内の世論調査では57%が「たとえ再建策が厳しい内容でもユーロ圏の救済策は受け入れるべきだ」と答え、48%が「政府がユーロ圏を離脱することに反対する」と回答した。

経済の低迷、政治の過激化、組織犯罪、地中海を渡る大量のボートピープル、内戦の萌芽などにギリシャ1国ではとても対処できない。欧州の団結が求められるまさにその時に英国ではEU離脱が議論されている。欧州は未来を切り開く意思も力も失っている。

ギリシャのように経済が縮小している国にさらなる緊縮策を処方するのは狂気の沙汰だ。ドイツの徹底した完璧主義がウクライナに続き、ギリシャまでも崩壊の淵に追いやろうとしている。しかし、それを逆手に取り、ギリシャを混乱に陥れるチプラス首相は「悪魔の走狗」と言うほかない。

ギリシャの経済、政治、社会は破綻の際にある。救うことができるのはギリシャの民意だけだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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