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世界に伝えなければならない本当の「日本」とは?

木村正人在英国際ジャーナリスト

安倍政権は右傾化している?

安倍晋三首相に近い自民党議員の勉強会「文化芸術懇話会」(代表=木原稔・党青年局長)で沖縄県の地元紙など報道機関に圧力をかけるような発言が相次いだことについて、安倍首相は29日、谷垣禎一・党幹事長と会談し、「沖縄の人たちの気持ちに反する発言があった。極めて遺憾だ」と話した。

文化芸術懇話会は25日、自民党本部で開かれた。講師を務めたベストセラー作家の百田尚樹氏が「反日とか売国とか、日本を貶める目的で書いているとしか思えない記事が多い」とマスコミ批判をぶつと、出席議員は「そうだ!」と盛り上がったそうだ。報道陣に非公開となった後、発言はさらにエスカレート。

朝日新聞の独自取材によると、自民党議員から以下の発言が相次いだ。「マスコミを懲らしめるには、広告料収入がなくなるのが一番」(大西英男衆院議員、東京16区)、「福岡の青年会議所理事長の時、委員会をつくってマスコミをたたいた」(井上貴博衆院議員、福岡1区)

長尾敬衆院議員(比例近畿ブロック)が沖縄タイムス、琉球新報という2つの地元紙を名指しし、「沖縄の世論はゆがみ、左翼勢力に完全に乗っ取られている」と主張すると、百田氏が「沖縄の2つの新聞社は絶対つぶさなあかん」と発言したという。

文化芸術懇話会には加藤勝信官房副長官や萩生田光一・総裁特別補佐ら首相側近も出席。安倍首相を応援するために、首相と共著を出したり、首相官邸がNHK経営委員に推したりしている百田氏を講師に招いた。日本では言論界を中心に「ベルリンの壁」が根強く残り、右と左の対立がさらに激化している。

日本の安全保障を大きく左右する安全保障関連法案を国会で審議している最中に、自民党本部で戦後日本の価値を根底から否定するような、しかも知的レベルが極端に低い議論が行われていることに愕然とする。これが政権を担う与党のありのままの姿だとしたら、日本の未来は危ういと言わざるを得ない。

安倍政権は世界に向けて「正しい日本の姿」を発信していく方針を表明している。

「ピープル・トゥ・ピープル」

世界中に散らばっている日本人の皆さんと21世紀の情報発信についてインターネット上の勉強会(つぶやいたろうラボ)を主宰している筆者は昨年夏から「つぶやいたろうサマーパーティー」を拙宅で開催している。

国家間の緊張を和らげるささやかな一助になればと、今年から「ピープル・トゥ・ピープル」をテーマに、BBCワールドで働く中国人ジャーナリストや中国人研究者も拙宅に招待した。意見が思いっ切り対立することもあるが、とても良い人たちだ。

シンクタンクで核拡散防止に取り組む元米外交官の友人も自宅菜園で栽培した美味しい野菜を持ってきてくれた。

筆者は原稿を書くよりたこ焼きを焼く方が得意なので、心温まる「たこ焼き」外交を日頃から心掛けている。先日、子供ができたご近所夫婦を拙宅に招待すると、ブレア英政権の外相アドバイザーをしていたことを初めて知らされ、ブレア外交の理想と挫折について興味深いお話をうかがうことができた。

2006年、致死性の放射性物質ポロニウム210で毒殺されたロシア連邦保安局(FSB)元幹部リトビネンコ氏の妻子も「タコよりチョコレートを中に入れた方が良くない?」と言いながらも、筆者のたこ焼きをうれしそうに頬張ってくれる。

「日本のカッコ良さとは?」

今年のサマーパーティーには世界で活躍するパフォーマー、坂倉勝己さんが飛び入り参加した。坂倉さんの鍛えぬかれた肉体美を見てみたいという若い女性参加者が多かったので、図々しく「もし、よろしければ一肌脱いでもらえませんか」とお願いした。

坂倉さんはプロジェクターの映像を使った空手やダンスのパフォーマンスを引っさげて、世界35カ国を回っている。拙宅の大型テレビをスクリーン代わりに坂倉さんのパフォーマンスを鑑賞したあと、「日本のカッコ良さとは?」について話していただいた。

ご近所家族もいたので、つぶやいたろうラボ6期生のアキさんに通訳をお願いした。坂倉さんの話にすっかり感動してしまった。

「ボクシングのパンチは後ろ足の踵を上げて内側に回転させ、足、腰、上体、肩と次々に回転させることによりパワーを生み出します。この理論ではより体重の重い者の方がパンチ力が強くなってしまうため『小よく大を制す』が成り立ちません」

「空手の突きはボクシングとは全く逆で、踵を地面に着け、足や腰を回転させることなく、上体もひねらずに突きます。ちょうど相手と地面の間に自分自身がつっかえ棒のように存在し、相手の体重が重ければ重いほどカウンターパンチのようにダメージが与えられるということになります」

相手が攻撃してきた場合にのみ、空手はセルフディフェンスとして効果を発揮する。そして坂倉さんはこう締めくくった。

「空手のことを『攻撃の技術』と誤解している人もいますが、実は空手とは他者への攻撃を自ら戒めることのできる自制心を養うものであり、決して暴力を増長させるものではありません。自制心とは、『自ら行動を起こす前にその結果を考える』というシンプルなものです」

「もしあなたが空手を学び、この『己に勝つ』理念を習得したならば、あなたは『行動する前に結果を考える』ことができるようになっています。自分が行っている行動が他人に迷惑になっていると知った場合、あなたはそれを止めることができるはずです。これが、私が世界中の人々に知ってほしい『空手』なのです」

自分の中の「敵」に勝つ

「空手の突き」について坂倉さんの話を聞いていて、日本の自衛隊そのものだと思った。日本は歴史の一部を除いて、ずっと専守防衛に徹してきた。しかし明治維新のあと、日本は軍事力に頼み過ぎ、国策を誤って近隣諸国との関係を台無しにしてしまった。坂倉さん流に言えば、「自分自身の中に内在する敵」に負けてしまったのである。

急激な経済成長を遂げた中国が南シナ海や東シナ海で圧力を増してくるのは避けようがない。日米同盟を軸にフィリピンやベトナムとの連携で脇をしっかり固める一方で、中国が戦前・戦中の軍国日本と同じ冒険主義に走る過ちに陥らないよう近隣諸国の友人として「己に勝つ大切さ」や「自制心」を伝えていくのが日本の役目である。

筆者は安全保障の現実を直視しない左も、安倍首相の歓心を買うため間違った日本の歴史と伝統を振りかざす右もまったく信用しない。安物の日本酒で悪酔いしたような政治家の発言や現実離れした議論より、坂倉さんのパフォーマンスの方が本当の「日本」の姿を自然に伝えることができるのではないか。

筆者の相棒(妻)、史さんは合気道4段。乳がんの手術を受けてからすっかり合気道からは遠ざかったが、英国の友人には合気道の有段者が多い。合気道の精神も、やはりセルフディフェンス。西洋は自分たちの国にはない、こうした日本の「道」にひかれるという。

今回の安全保障関連法案も日本の「道」であるセルフディフェンスに国際協力の幅を持たせるものになることを筆者は願っている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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