エッ、アソコや脇まで白くするの? 世界的現象になった「美白」ブームが象徴する富と権力
市場調査会社グローバル・インダストリー・アナリスツ(GIA)は今年2月、「美白」市場は2020年までに230億ドル(約2兆8300億円)に達するという予測を発表した。米国のスター、マイケル・ジャクソン(故人)が白い肌を追い求めたように、世界の男女が白くなるのを夢見て「美白」クリームや石けんを買い求めている。
「美白」商品は欧米であまり人気がないものの、インドや日本、中国などアジア・太平洋地域で大人気だ。米国や英国の移民社会でも「美白」商品の需要は増え始めている。GIAの報告書によると、「美白」の最大市場は日本だ。
新興国の台頭により世界中で中産階級が増え、女性だけでなく、男性も肌の手入れに余念がない。副作用を伴う場合があるにもかかわらず、顔につける「美白」クリーム、全身に使う石けんやボディークリームのほか、脇や陰部を白くする商品もある。
コートジボワールでは副作用から「美白」商品が禁止されるなど、アフリカにも「美白」ブームは広がっている。
筆者が主宰するメディア研究会「つぶやいたろうラボ」7期生の内村江里さんは国連平和大学が主催するアジアの平和構築リーダー育成プログラムに参加している。コスタリカやフィリピンなど世界を飛び回る中、内村さんは「美白」論争に巻き込まれた。
友人のフィリピン人男性は1個350ペソ(約1000円)ぐらいの「美白」石けんで全身を洗っているそうだ。普通の石けんは50ペソ前後、庶民の昼飯代が約50ペソのフィリピンで、350ペソもする「美白」石けんはかなりの贅沢品。
「美白」を通して見えてきた世界をフィリピンはマニラから内村さんが報告する。
[マニラ発、内村江里]2014年6月、フィリピンの大学院に通い始めた頃の話だ。青い無地のワンピースを着ていた私を東南アジア出身のクラスメイトが褒めてくれた。
その時居合わせたカンボジア人に「Because you have the skin(あなたの明るい肌の色のおかげね)」と、突き放すような顔で言われたことが今でも頭に残っている。
フィリピンに行く前はヨーロッパに5年ほど住んでいたので、白人に囲まれた生活の中で自分が「色白」だと思うことはまずなかった。ヨーロッパではむしろ小麦色に焼けた肌の方が人気があったので、色白になりたいとは思いもしなかった。
そういった背景があり、それまでは自分の肌の色が東南アジアや南アジアの人たちよりも白いことをまったく気にしていなかった。
しかし、マニラで生活していると「美白」商品の人気を感じずにはいられない。日本でも「美白」化粧品は人気だが、フィリピンではそれがより過激になっているように感じる。
スーパーの石けんや化粧品売り場に行くと、「美白」効果をうたわない商品を探すのが難しいほど、ほとんどの商品が美白効果を記している。顔につけるクリームはもちろんのこと、全身に使うような石けんやボディークリーム、さらには脇や陰部を白くする商品も珍しくない。
安い商品には人体に影響を及ぼしかねない、漂白剤の成分が入った商品も多いという。ターゲットは女性だけではない。男性用の「美白」化粧品の普及も目立つ。乳幼児用の石けんにも「美白」効果が書かれており、安全性を危惧してしまう。
なぜこれほどまでに肌を白くすることが重要なのか。答えを見つけられないまま、中米コスタリカの大学院に籍を移した。「グローバリゼーションと人権」というクラスの中で、文化のグローバリゼーションというトピックが取り上げられた。
その時、幼少期フィリピンに住んでいた白人のフランス人が冒頭紹介したようなフィリピンの状況を嘆くような発言をした。フィリピン人のメイドたちが、白人の自分のような肌になりたいと言うのが理解できなかったという。
それに続いて、パキスタン人の夫と、先住民族と白人を両親に持つカナダ人学生もパキスタンでの似通った状況を紹介し、クラスルームのあちこちで笑いが起こった。
さらに、人権を専門にする弁護士でクラスの講師だったインド人が、インドで爆発的な勢いで売れている男性用美白クリーム「Fair and Handsome」を自虐的に紹介し、さらに大きな笑いが起こった。
私にはこの笑いの渦が耐えられなかった。日本やフィリピンで見た、白い肌を憧れる人たちのことを考えずにはいられなかった。危険な成分が入った製品を使ってまで白くなりたい人たちの気持ちを笑うことは私にはできなかった。
いたたまれなくって、私は「欧米人が非欧米文化のエキゾチックに憧れて自分の文化に取り入れることと、色が黒いことへの劣等感から美白効果のある製品を使うアジアの状況は異なる。白い肌が象徴する富や権力に憧れるアジア人を私は笑うことはできない」と言った。
クラスは静まり返ってしまった。
授業の後、ディスカッションに関わったクラスメイトの数人が私のところに来た。彼らはアジア人を笑ったわけではなく、その状況を悲しく思ったと説明してくれた。「私たち白人のようになりたいなどと思わず、生まれ持った自然美を大切にしてほしい」という願いも同時に伝えてくれた。
しかし、そもそも私たちアジア人は、白人のようになりたくて「美白」クリームを使うのだろうか?
日本を例にとってみると、白人の存在が一般的になる前から「色の白いは七難隠す」と言われてきた。日本だけでなく多くの国や地域において、権力者は外で畑仕事や力仕事をすることがないので民衆より色が白かった。
富と権力のシンボルである白い肌。その色は、世界中で植民地を支配し、帝国主義が終わった後も経済をはじめ、さまざまな分野で最も強い影響力をふるい続ける白人という人種と同じなのだ。
白人を中心とした西洋も、有色のアジアも「美白」の理由を勘違いをしているように見受けられる。アジア人は白人になりたいのではなく、富と権力への憧れから「美白」クリームを手にするのだ。極端な話、もし白い肌が富と権力を象徴するものでなければ、「美白」ブームなどなかったかもしれない。
同じ理由から、多くの人が白人に対してネガティブなイメージを持っていることも実感した。白さは本質的には彼らの肌の色ではなく、富と権力を指している。
授業後の会話で私が「フィリピン人はあなたたちのような白人に『美白』化粧品を使っていることを笑われることを心外に思うはず。気を付けて」と発言した。
その会話に加わっていた友人たちから猛攻撃を受けた。日本人の私の方がよっぽど「白人」だと言われてしまったのだ。フランス人の彼女は東ヨーロッパの移民の家系で、ウクライナから移ってきた祖母はフランスでかなりの迫害を受け、苦労したそうだ。
エクアドル人の血を引くスペイン人の友人は、ドイツで買い物のため店に入るたび万引きをしないか見張られる不快さと言ったらないと不満を打ち明けた。
私たちから見ると彼女たちの外見は「白人」以外の何モノでもないのだが、本人は自分たちのことを、富と権力を持つ白人だとは思っていない。重要なのは富と権力であり、肌の白さではない。人種的には白人かもしれないが、世界で権力をふるう白人と同じと思われたくないという気持ちがあるのかもしれない。
富と権力を持つ者に憧れではなく、嫌悪感や怒りを感じる人たちがアジアで増えたら、「美白」商品は陳列棚から少なくなるのかな、と思った。
内村江里(うちむら・えり)大阪市立大学卒業後、医療機器メーカーで勤務。ロンドン大学アジア・アフリカ研究学院(SOAS)で社会人類学修士号取得。英国で社会的責任投資の分野でリサーチアナリスト、CSR(企業の社会的責任)コンサルタントを経て、世界最大手ハンバーガーチェーン欧州市場のサステイナブル(持続可能な)・サプライチェーンのマネジメントに従事。現在はフィリピン・マニラで、国連平和大学が主催するアジアの平和構築リーダー育成プログラムに参加中。
(おわり)