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鹿児島県知事のコサイン発言 数学に対する女子の苦手意識を固定化するな

木村正人在英国際ジャーナリスト
高校女子に三角関数は必要か(写真:アフロ)

「女の子にサイン、コサイン教えて何になる」

「経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA)は、学業成績の男女格差は生まれつきの能力差によるものではないことを示している。男子と女子の両者が持てる能力を十分に発揮し、自己の社会の経済成長と福利厚生に貢献できるようにするためには、両親、教師、政策決定者、オピニオンリーダーが一致協力する必要がある」

OECDは今年、教育の男女格差を解消するためこのような提言を行っているが、鹿児島県知事には届いていなかったようだ。

南日本新聞によると、鹿児島県の伊藤祐一郎知事が27日に開かれた県の総合教育会議で「高校教育で女の子にサイン、コサイン、タンジェントを教えて何になるのか」「社会の事象とか植物の花や草の名前を教えた方がいい」と述べたという。

知事は28日の定例記者会見で「口が滑った。女性を蔑視しようということではない」と発言を撤回したそうだが、果たして「口が滑った」で済まされる話なのか。この問題はもっと掘り下げて考えてみる必要がある。

25日に公表された全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果について知事の目標設定を委員から質問され、「女性委員に怒られるけど」と前置きした上で自分の体験談を披露した。

「サイン、コサイン、タンジェントを社会で使ったことがあるか女性に問うと、10分の9は使ったことがないと答える」

「均一な教育の仕組みを変えた方がいい」

さらに「いろいろな人生の問題や分野があるため、今の均一な教育の仕組みを変えた方がいい」「どのステージにおいて何を教えるかというのがだんだん難しくなっている」と持論を展開している。

知事は南日本新聞の取材を受け、「女性にとっては、サイン、コサイン、タンジェントよりも世の中の草花の方が将来、人生設計において有益かもしれないというメッセージだ」と開き直っていた。

しかし28日の定例記者会見では「サイン、コサイン、タンジェントの公式をみなさん覚えていますか。私もサイン、コサインを人生で1回使いました」と釈明に追われた。

このニュースを聞いて、まず小学6年と中学3年を対象に行われる全国学力・学習状況調査と女子の高校教育がどう結びついているのかまったく理解できなかった。全国平均(公立)と鹿児島県の中学3年の正答数は下の表の通りだ。

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鹿児島県の成績は全国的に見ても、それほど高くない。公表されている統計は男子と女子が一緒になったもので、鹿児島県の女子の数学の点数が男子より低いかどうか確認できなかった。

東大・官僚エリートの論理

伊藤知事は1947年、鹿児島県出水市の生まれ。東京大学法学部を卒業し、自治省入省。福岡、石川、埼玉各県、外務省で勤務し、自治大学校長、総務省大臣官房総括審議官を務めたエリートだ。本音では高校女子にサイン、コサイン、タンジェントの三角関数は教える必要がないと考えているのだろうか。

OECD報告書は「学業成績の男女格差は教育制度の大幅な進展により是正されている」とする一方で、「我々が考ているよりはるかに早い段階で決断されているキャリア選択に関しては依然として根強い男女格差が残っている」と指摘している。

その原因の一つに「両親、教師、雇用主の間にみられる、意識的、無意識的な性別間の偏見」があるという。まさに伊藤発言がその現実を如実に物語る。

この100年、OECD諸国は、学歴、給与、労働市場参加などを含め、教育や雇用の多くの分野で男女格差を大幅に解消させてきた。平等な機会が与えられれば、男女ともに同じように高成績を収めることができると証明されたはずだった。

数学が苦手な女子

しかし、女子の理系進学率は男子に比べて低くなっている。しかも、どうやら男子より勤勉な女子は数学が苦手のようなのだ。 OECDのHPから2012年PISAの数学テストの結果を見てみよう。成績優秀者の男女比較だ。

2012年PISA数学の男女比較(OECDのHPより)
2012年PISA数学の男女比較(OECDのHPより)

各国とも女子の成績は男子に比べて随分低い。日本の成績優秀者を男女別で見ても、読解では女子がリードしているのに、数学や科学では男子が女子にかなりの差をつけている。

OECDデータをもとに筆者作成
OECDデータをもとに筆者作成

PISAの科学テストでは男女とも同じ成績なのに、科学・技術・工学・数学分野の仕事に就こうとする生徒の割合は男子が5分の1。女子は20分の1以下。息子と娘の能力が同じでも、親が息子に科学・技術・工学・数学分野の仕事に就くことを期待する率が高いことが影響しているとみられている。

PISA参加国の多くで、好成績の生徒でも、数学の成績は女子の方が男子より悪い。数学や科学の問題を解く能力について女子の方が自信がない。数学に不安を覚える女子も多いのが現実だ。成績優秀な女子でも状況を定式化したり、現象を科学的に解釈したりするのは苦手だった。

高等教育以上を見ると、女子は数学、物理科学、コンピューティングなどの分野を専攻している比率が低い。2012年、大学に進学した女子のうち、工学、製造、建築など科学関連の専攻分野を選択した比率はわずか14%。男子は対照的に39%にのぼっていた。

女子は給料にこだわらない?

果たして女子が数学などの理系を苦手とする理由は何なのか、今のところ筆者には見当がつかない。科学・技術・工学・数学分野の仕事に就いた方が給料が高い。女子は男子に比べ、給料の高より社会貢献に興味があるので教育、社会などの文系に進むという説もある。

OECDが言うように、男子は理系、女子は文系という固定観念が社会に定着していることが原因かもしれない。

しかし、女子は数学が苦手という結果だけをとらえて「女子にサイン、コサイン、タンジェントを教えて何になるのか」と切り捨てるより、女子の苦手を解消する努力が教育には求められている。全国学力テストでも鹿児島県の成績は他府県に比べてそれほど高くない。必要なのは切り捨てではなく、底上げだ。

鹿児島県の人口ピラミッド(県のHPより)
鹿児島県の人口ピラミッド(県のHPより)

少子高齢化が加速する地方だからこそ、教育の平等と女性のさらなる社会進出が必要ではないのだろうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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