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【難民スクープ】ハンガリー国境は装甲車と武装兵が守っていた イスラム女性の持ち物をシラミ潰しに検査

木村正人在英国際ジャーナリスト
クロアチアから到着した難民を見張るハンガリーの武装兵(筆者撮影)

列車の屋根調べる検査用ハシゴ

[ハンガリー・ブダペスト、ベレメンド村発]21日はセルビア北部のノービサード駅から列車でハンガリー国境を越えた。車内での入国審査を担当する係官が列車の屋根をチェックできるようハシゴを持ち込む念の入れようだ。

しばらくして車窓からカミソリ付き有刺鉄線のフェンスが見えた。太陽の光を浴びた銀色の有刺鉄線が国境の田園風景を鮮やかに二分していた。これがハンガリー国境に構築された新たな「ベルリンの壁」だ。

ブダペストのケーバーニャ・キシュペシュト駅に着くと、駅構内で露店を営む女性が冷淡な警察官に排除されていた。ギリシャやセルビアと違って、ブダペストの商業施設はピカピカに輝いている。

ハンガリー議会はその日、難民の大量流入を防ぐため軍の出動を認め、ゴム弾や催涙ガス手投げ弾、ネット銃、発煙筒を使用できるようにする法律を3分の2以上の賛成で成立させた。199人のうち賛成151票、反対はわずか12票、棄権は27票だった。

クロアチア国境で建設が進む有刺鉄線のフェンス(筆者撮影)
クロアチア国境で建設が進む有刺鉄線のフェンス(筆者撮影)

ハンガリー政府が国境沿いに軍隊を展開していると聞き、ブダペストでの取材を止めてクロアチアとの国境にあるベレメンド村を目指すことにした。22日朝、ハンガリー・ブダペストのケレンフェルド駅から高速列車に飛び乗った。

出典:グーグルマイマップで筆者作成
出典:グーグルマイマップで筆者作成

クロアチア国境へは、高速列車とバスを乗り継いで、まず南部ペーチュに出る。ハンガリーは都市部も田園地帯も美しい。紙クズ一つ落ちていない。

車掌が旅券提示を要求

車中、女性車掌からハンガリー語で「不正乗車だ」と旅券の提示を求められる。自動券売機でチケットを買ったつもりだったが、特急券だけで、乗車券を購入していなかったようだ。「乗車券を買えますか」と尋ねると、2600フォリント(約1100円)の罰金を上乗せすると通告された。

近くの女性客の通訳で「列車に乗るとき、あなたにチケットを見せたよ」と抗議すると、「乗車券を持たずに列車に乗るのは違反です」と譲らない。仕方なく罰金を払ったが、欧州連合(EU)域内を旅行中に旅券の提示を求められたのは、後にも先にもこの日が初めてだ。

車掌にどんな権利があって、乗客に旅券の提示を求めることができるのか、根拠が分からなかった。不愉快だったが、国境の取材の方が大切だ。ペーチュからタクシーに乗った。

クロアチアとの国境検問所

難民をオーストリアに移送するため待機しているバス(筆者撮影)
難民をオーストリアに移送するため待機しているバス(筆者撮影)

クロアチアとの国境検問所が近づいてくる。バスの長い列ができていた。クロアチア側から送られてきた難民をオーストリアに移送するためのバスである。

EUの難民登録証を所持していない難民はハンガリー国内に一歩でも足を踏み入れたとたん、犯罪者として容赦なく拘束される。最高5年投獄される恐れがある。難民には安全へのアクセスを認めるべきだとして、ハンガリーは国際社会の非難を浴びている。

しかしオルバン首相は意に介する様子はない。

オルバン政権下のハンガリーでは国境の有刺鉄線、ブダペスト東駅の封鎖に加え、女性TVカメラマンが、子供を抱えて走る難民の足を引っ掛けて転ばしたり、難民キャンプで食料を投げて配ったりするなどの人権問題が次々と浮上している。

国境には軍が展開

クロアチアとの国境検問所の入り口では警察官が警備に立っていた。「これ以上、中には入れない」と押し返される。脇の方に回っていくと、ハンガリー軍の兵士たちが、クロアチアとの国境沿いに有刺鉄線のフェンスを建設しようとしていた。高さ3.5メートルの杭はすでに立てられている。カミソリ付き有刺鉄線はまだ装着されていない。

ルーマニア、セルビア、クロアチア国境に有刺鉄線が張り巡らされる(筆者撮影)
ルーマニア、セルビア、クロアチア国境に有刺鉄線が張り巡らされる(筆者撮影)

ルーマニア、セルビア、クロアチアとの国境をすべて閉鎖すると、総延長1千キロ近くの壁になるのではないだろうか。

クロアチア国境に有刺鉄線を建設するハンガリー軍(筆者撮影)
クロアチア国境に有刺鉄線を建設するハンガリー軍(筆者撮影)

向こうの方にTV局のクルーが集まっていたので、近づいていく。難民を乗せたバス4台がクロアチア側に止まっていた。「昨日は10台以上のバスが到着したよ」と男性カメラマンが教えてくれる。

米国製装甲車ハンヴィーには機関銃が装着されていた(筆者撮影)
米国製装甲車ハンヴィーには機関銃が装着されていた(筆者撮影)

目の前に、イラクに展開していた米軍の装甲車と武装兵を思わせる部隊が出現した。ハンガリー陸軍の米国製装甲車ハンヴィーには機関銃が装着されている。

警戒するハンガリー陸軍。イラクに展開していた米軍を思わせる装備だ(筆者撮影)
警戒するハンガリー陸軍。イラクに展開していた米軍を思わせる装備だ(筆者撮影)

武装兵が持っている火器ははっきり特定できないが、自分で撮影した写真をインターネットで照合すると米国製自動小銃アサルトライフルSOPMODに酷似している。1人の兵士は銃のグリップを握っている。

持ち物検査されるイスラム女性

「命からがら逃げてきた難民に対して、ここまでやる必要があるのか」と思った。夢中でシャッターを押し続けていると、「その赤いラインを越えるとハンガリー側に入るぞ」とジャーナリスト仲間から注意された。驚いて「あなたはどちらから取材に来たの。ハンガリー側、クロアチア側?」と聞き返した。「クロアチア側からだ」

いつの間にかハンガリー側から国境を越えてクロアチア側に入ってしまっていたのだ。バスから降りてくる難民の表情を撮りたかったが、あわてて脇道からハンガリー側に戻った。望遠レンズを通して見ると、難民のイスラム女性は持ち物の中身までシラミ潰しに調べられている。

持ち物の中身まで調べられるイスラム女性(筆者撮影)
持ち物の中身まで調べられるイスラム女性(筆者撮影)

フランスの女性記者が「彼らは行き先も何も知らされず、バスに乗せられて移送されている。動物や豚のように扱っているわ」と公憤を抑え切れない表情で語った。

極右政党ヨッビクの議会スタッフ3人が国境を視察しに来ていた。その中の1人、クリスティーナ・セレスさんは「国境の状況が議会で審議されているので見に来ました。ヨッビクは国境封鎖を支持します」と悪びれずに話した。

恐怖心と屈辱感あおるオルバン首相

オルバン首相は21日、「彼ら(難民)は我々を侵略しようとしている。彼らはドアを打ち鳴らしているだけではなく、ドアを壊して我々を踏みつけようとしている」と国民の恐怖心をあおった。どうして我々の国土を難民に踏み荒らされなければならないのか、と屈辱感に火をつけるのだ。

「我々の国境が危機に瀕している。我々の生活は遵法精神の上に成り立っている。ハンガリーと欧州全体が危機に陥っている」「欧州はドアを開けているだけでなく、難民に招待状まで出している。欧州は金持ちだ。しかし、弱い。最悪のコンビネーションだ。欧州は国境を守るため強くなる必要がある」

オルバン首相は今や、シェンゲン協定の最前線に立ちはだかる守護者気取りなのだ。21日付のレバノンとヨルダンの有力紙に全面広告を出した。「ハンガリー国民はおもてなしの精神を持っています。しかし、違法にハンガリーに入国しようとした者に対しては可能な限り厳しい措置を取ります」

「違法に国境を越えることは犯罪です。犯罪として扱われ、投獄されます。密入国仲介者の話に耳を傾けてはいけません。ハンガリーは違法移民が国内に入るのを認めるつもりはありません」

EUの内相理事会は22日、人口や国内総生産(GDP)、失業率など経済状況に応じて合計16万人の難民を割り当てる制度を導入することで合意した。旧東欧諸国のハンガリーとルーマニア、チェコ、スロバキアが反対したため、全会一致ではなく、EUの特定多数決方式で可決された。

英国やアイルランド、デンマークは割当制の枠組みに加わるかどうかを選択できる。

難民にとってEUへの玄関口や通り道になっていたギリシャ、イタリア、ハンガリーの負担が軽減される道筋がようやくついた格好だ。が、今年、地中海を渡って欧州に流入した難民は50万人(EU調べ)。ハンガリーだけでも22万人と言われており、解決には程遠いのが現実だ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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