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「私を中国に入れてください」人権派ミス・ワールド・カナダが訴え 世界大会の招待状届かず

木村正人在英国際ジャーナリスト
2014年、ロンドンで開催されたミス・ワールド世界大会(写真:ロイター/アフロ)

今年5月、世界3大美人コンテストの一つ、ミス・ワールドのカナダ代表に選ばれた中国系カナダ人の女優で人権活動家のアナスタシア・リンさん(25)が3日、ロンドンで、12月に中国・海南島の三亜市で開かれる世界大会への招待状が届いていないことを明らかにした。

ミス・ワールドのカナダ代表、アナスタシア・リンさん(筆者撮影)
ミス・ワールドのカナダ代表、アナスタシア・リンさん(筆者撮影)

アナスタシアさんによると、ミス・ワールド機構(本部・ロンドン)から招待状が届き、中国への入国ビザを申請したが、中国の事務局からの招待状も必要と説明を受けた。しかし、中国からの招待状は届かなかった。オーストラリアやインドなど各国の代表はすでに入国ビザを取得していることを知り、この日午前、ミス・ワールド機構に電話で確認したところ、「時間がない」と切られたという。

中国・湖南省で生まれたアナスタシアさんは13歳のとき、母親と一緒にカナダに移住し、トロント大学で国際関係と演劇を学んだ。祖国・中国の人権状況に関心を持ち、弾圧を受ける気功集団「法輪功」の学習者役を演じるなど、映画やTV出演を通じて中国の人権状況や腐敗の改善を訴えてきた。

ミス・ワールド機構は国際貢献・女性の尊厳・地位向上を理念に掲げ、貧困支援、慈善活動を積極的に実施、これまでに2億5千万ポンド(約466億円)で世界中の恵まれない子供たちを支援してきた。スローガンは「目的のある美」で、知性や個性も選考基準となり、アナスタシアさんは人権活動の実績が評価された。

同

カナダ代表に選ばれた直後は中国で暮らす父親も大喜びだった。しかし数週間後、事態は急変した。父親の自宅に公安が訪れ、中国の人権問題を取り上げないようアナスタシアさんに伝えろと脅してきた。「私がこのまま人権活動を続けると、家族は離れ離れになってしまうと父は話しました。しばらく誰も私からの電話を取らなくなりました」という。

これまで映画やTVで演じてきたことが実際に自分や中国に残る家族に降りかかるとは。海外で人権活動をする中国人を黙らせるため、公安当局は中国に残った家族を「お茶」に呼び出し、活動を止めさせることができなければ、その報いを受けると暗に脅しをかけてくることは何度も聞かされていた。

同

アナスタシアさんは最初、悲しくて泣いてばかりいた。しかし、黙ることはできなかった。黙れば、中国当局による人権弾圧を認めたことになるからだ。

2010年の第60回ミス・ワールド世界大会で大本命だったノルウェー代表がトップ5にも残らず、米国代表が選ばれたのは中国が圧力をかけたからという疑惑を英大衆紙が報じたことがある。その直前、ノルウェー・ノーベル委員会がノーベル平和賞を中国の民主活動家、劉暁波氏に授与したため、海南島の三亜市で行われた世界大会では中国側から選考委員に露骨な圧力がかけられたという内容だった。

今のところミス・ワールド世界大会に参加する各国代表の間で、アナスタシアさんへの対応に抗議してボイコットしようという動きは起きていない。「2008年の北京五輪でも中国の人権問題がクローズアップされたのに、どの国もボイコットしませんでした」とアナスタシアさんは声を落とす。

「中国からの留学生は中国共産党のことを批判されると激しく抗議します。みんな自分で自分を検閲する陰の中で暮らしているのです。世界に目を開けば、痛みを伴いますが、やがて真実に気づきます。そのためにも黙っていてはだめです」

同

アナスタシアさんは筆者にも「必ず、私に何が起きたのかを伝えて下さい。私が中国で開かれる世界大会に参加することができれば、中国の若者たちに会うことができます。それが明日への希望につながるのです」と訴えた。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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