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「お前はイスラム教徒ではない」とテロリストに叫んだ市民の思い

木村正人在英国際ジャーナリスト
イスラム教徒の入国を禁止すべきだと主張する米共和党のトランプ氏(写真:ロイター/アフロ)

ロンドン東部の地下鉄レイトンストーン駅で5日起きた利用客襲撃事件で、「シリアと同胞のためだ」と叫ぶ犯人の男(29)に「お前のようなやつはムスリム(イスラム教徒)じゃない」と言い返した通行人が13日付英日曜紙サンデー・タイムズなどの取材に応じた。

ロンドンの地下鉄レイトンストーン駅(6日、木村史子撮影)
ロンドンの地下鉄レイトンストーン駅(6日、木村史子撮影)

犯人の携帯電話から過激派組織IS関連の画像が見つかり、ロンドン警視庁は「テロ事件」として捜査している。犯人は駅構内で男性を後ろから殴り倒して頭をつかんで首を切り、12センチの重傷を負わせた。男性は5時間の手術を受け、退院している。

現場で警官に取り押さえられた犯人に対し、通行人が「You ain't no Muslim, bruv(お前のようなやつはムスリムじゃない)」と叫ぶ様子がインターネット上に投稿された。ツイッターには「#YouAintNoMuslimBruv」というハッシュタグが設けられ、6日に英国全体のトレンドで首位になった。

キャメロン英首相も「私以上にずっと上手く物事の本質を言いあてている」と称賛した。

サンデー・タイムズ紙によると、この通行人は「ジョン」という男性で警備員として働く39歳。イスラム教徒ではないものの、ISのような「テロ組織」がイスラムを代表していると主張することに憤りを感じていたという。

「ISは掃討されるべきです。彼らはムスリムではありません。ムスリムはあんなことはしません。テロリストの心臓は石でできており、社会にも、誰に対しても気遣いません。彼らは邪悪、ただ邪悪なだけです」

「ムスリムを見る人、ISを見る人はどちらも同じと考えています。しかし、両者は明らかに違います。だから犯人を見たとき、お前のようなやつはムスリムじゃないという自分の考えを犯人に知らせなければならなかったのです」

ジョンにはムスリムの友人がいて、20歳の息子が「お父さんは正しいことをしたよ」と言ってくれたのがうれしいという。メディアで大きな注目を集めたので、ISに報復されないか気がかりだという。

ロシア旅客機爆破、パリ同時多発テロに続いて、米カリフォルニア州の公立障害者支援施設でも銃乱射事件が起きた。

パリのテロを受けたフランス地方選の第1回投票では、移民排斥や反イスラム主義を掲げる極右政党・国民戦線が仏本土13地域圏のうち6地域圏で首位を走る大躍進を見せた。13日に注目の第2回投票が行われる。

2016年の米大統領選に向け共和党候補指名を争う不動産王ドナルド・トランプ氏が、イスラム教徒の米国への入国を禁止すべきだと主張して、物議をかもしている。米紙ニューヨーク・タイムズ電子版の統計によると、トランプ発言の76%はウソか間違い、ほとんど間違っている――のいずれかだという。

米政治学者サミュエル・ハンチントン氏の「文明の衝突」という理屈が西洋とイスラムの対立を無用に広げてしまった。それが2001年の米中枢同時テロから学ばなければならない最大の教訓である。

ISの狙いは混乱を生み出し、自分たちの勢力を拡大させることだ。「ジハード」の根拠となる西洋とイスラムの対立を拡大させ、「世界終末戦争」を呼びかけている。テロの戦線は中東・北アフリカから欧米の市民社会にまで広がっている。

フランスの国民戦線やトランプ氏のようにテロに過剰反応することは人気取りにはなっても、市民社会に潜在する「恐怖」や「懐疑」、「嫌悪」を増殖させてしまうことになる。私たちの「嫌悪」が増幅すれば、イスラムの「嫌悪」も増幅する。

私たちは政治家のデマゴーグより、「お前のようなやつはムスリムじゃない」という市民の叫びに耳を傾けるべきだ。今のような時こそ、イスラムとの相互理解を深めていく努力が大切だ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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