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BuzzFeedに移籍した敏腕記者が大スクープ、ウィンブルドンなどのテニス大会で16選手に八百長疑惑

木村正人在英国際ジャーナリスト
ウィンブルドンも八百長の舞台に(写真:ロイター/アフロ)

不審なオッズの変化

Buzzfeedと英BBC放送は男子プロテニス協会(ATP)が2007年に行った八百長疑惑の調査報告書などを含む内部文書を入手して取材した結果、過去10年間にわたって、テニス4大大会(グランドスラム)のシングルス、ダブルス優勝者を含む16選手が賭け屋のオッズの低い時に限って負けるという不審なパターンを繰り返していたことが分かりました。

1月18日に開幕するオーストラリア・オープンに参加する世界ランキング50位以内のある選手は第1セットに負け方を繰り返していた疑いが持たれています。ビッグトーナメントで選手たちはホテルの部屋にいるところを狙い撃ちされ、1試合につき5万ドル(585万円)をオファーされるのだそうです。

ロシアやイタリア北部、シシリー島の賭け屋地下組織はウィンブルドン選手権(全英オープン)3試合、フランス・オープンを含む不審な試合に数十万ポンド(数千万円)を賭けていました。BuzzfeedとBBCが内部告発者から入手した9つのリストには70人以上の選手の名前が書かれているそうです。

最も怪しいのは2007年のニコライ・ダビデンコ(ロシア)とマルティン・バッサロ=アルグエッロ(アルゼンチン)両選手の試合です。ダビデンコ選手のオッズは試合前、1.2で始まったのに、試合開始時には2.44と急落します。ダビデンコ選手は6-2で第1セットを取りますが、第2セットいきなりアルグエッロ選手がダビデンコ選手のサービスゲームをブレークします。

アルグエッロ選手が第2セットを取ると、オッズは3.75から6にさらに下がったため、賭け市場は一時中断されました。試合開始前はダビデンコ選手が勝つとみられていたのに、試合開始と同時にダビデンコ選手の負けに投じられた金額が急激に増えるという不審な動きが確認されました。

ヘッドハンティングされたサッカーW杯汚職スクープ記者

このスクープを放ったBuzzFeedの調査報道担当編集長ハイジ・ブレイク女史は昨年1月、英日曜紙サンデー・タイムズからヘッドハンティングされた敏腕の調査報道記者で、BuzzFeedで3人のチームを率いています。ブレイク編集長はサンデー・タイムズ時代、国際サッカー連盟(FIFA)のワールドカップ(W杯)汚職をスッパ抜き、ゼップ・ブラッター前会長を辞任表明に追い込みました。

サンデー・タイムズ紙に移籍する前は英紙デーリー・テレグラフで特ダネを飛ばしまくっていました。関係者になりすますオトリ取材、さらには帳簿、伝票、電子メールなど膨大な電子データをコンピューターソフトで処理して人のつながりやカネの流れをあぶり出すデジタル・フォレンジックを駆使する21世紀の事件記者です。

2万6千試合のデータを洗い直す

BuzzFeedのジョン・テンプロン記者はブレイク編集長とともに、15カ月間にわたって2009年から15年にかけての2万6千試合のデータを洗い出します。1人は不審な16試合中、15試合で負けています。そんなことは滅多に起こりません。オッズが10%ポイントも下がるケースが多く確認され、2010年のある大会の試合では勝つ確率が69%から47%に下がっていました。

欧州のスポーツ賭け業者と協力して八百長疑惑を調べている欧州スポーツ安全協会(ESSA)の13年報告書によると、ESSAが12年に発した警告は109回。そのうち6回は十分な疑いのあるとされています。48%がサッカー、40%がテニスで、他の競技を圧倒しています。

インターネットの発達で賭けもオンラインになり、世界中から賭けが行われています。その中にはモグリの業者も多く、不正の温床になっています。八百長のフィクサーは世界中のどこからでもスマートフォンのテキストメッセージなどを通じて試合中に指示を出し、巨額の賭け金を右から左に動かすことができるのです。

八百長の誘惑

賞金があまり稼げない低ランクの選手にとってはシンジケートからの八百長の誘惑を振り切るのには相当な勇気が入ります。オカネはノドから手が出るくらい欲しいし、犯罪組織から身体に危害を加えると脅された場合、断るのは大変です。

クリーンなイメージが強いテニスですが、八百長疑惑が常に浮かびながら、ATPや監視機関のテニス・インテグリティ・ユニットが不正を放置してきた実態が今回のスクープで浮き彫りになっています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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