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ナゾ呼ぶマッコウクジラ「死の彷徨」30頭が砂浜で絶命。クジラが増えた、温暖化それとも!?

木村正人在英国際ジャーナリスト
英国の東海岸に打ち上げられたマッコウクジラ(2月5日撮影)(写真:ロイター/アフロ)

反捕鯨運動のおかげでクジラの数が増えすぎたせいなのか、それとも地球温暖化の影響で海の生態系が急変したのが原因か、今年に入ってマッコウクジラが英国イングランド地方の東側海岸やフランス、オランダ、ドイツの砂浜に打ち上げられて絶命するケースが相次いでいます。

出典:BBCをもとに筆者作成
出典:BBCをもとに筆者作成

英国では2月4日午前7時半ごろ、イングランド地方南東部ハンスタントンのノーフォーク海岸に体長14メートルのマッコウクジラ1頭が打ち上げられました。海に戻す救助作業が懸命に続けられましたが、午後8時ごろに息を引き取りました。死体にガスがたまると爆発する恐れがあるため、マッコウクジラは解体処理されます。

マッコウクジラの生息場所はノルウェー海ですが、今年に入って南下して北海に入り込み、大きな湾状になった英国、フランス、オランダ、ドイツに打ち上げられて死ぬマッコウクジラが実に30頭にのぼっています。英国の海岸に打ち上げられるイルカなどは年間500~600頭にのぼりますが、マッコウクジラがこんなに大量に打ち上げられるのはここ数十年、例のないことだと言います。

筆者作成
筆者作成

鯨類研究家によると、マッコウクジラに自然に備わっているソナーは深海用で、ノルウェー海のような水深の深い海域では正常に機能します。しかし北海では水深が急激に浅くなるため、マッコウクジラのソナーが働かなくなり、帰巣本能や方向感覚、コミュニケーション能力が混乱して浅瀬に入り込み、干潮とともに砂浜に残されて身動きできなくなっているのではと考えられています。

問題はなぜ、マッコウクジラが南下して北海に迷い込んでしまうのかです。英国の海岸に打ち上げられて死亡するイルカやクジラを調べている専門家はマッコウクジラの顎を切断して歯を調べる予定ですが、はっきりしたことが分かるまでには数カ月かかるそうです。

今年に入ってナゾの大量死を遂げているマッコウクジラはまだメスと交尾したことがないオス集団とみられています。マッコウクジラのオス集団は年頃になると、温かい海域にいるメスや餌を求めて移動します。その際、南下しすぎて北海に迷いこんだとする説があります。集団が一つなら突発要因による何かの間違いで済ませることができますが、もし30頭が別々の集団に属していたら何か構造的な問題がマッコウクジラの生態系を破壊していることになります。

オーストラリア西部沿岸でも同じようなクジラの大量死が確認されたことがあります。1989~2007年にかけ年2~3頭のザトウクジラが海岸に打ち上げられて死亡していましたが、08年には13頭に急増、09年には46頭と大幅に増加したことがあります。研究者が死骸を解剖して調べたところ、こうしたクジラは脂肪分が少なく、極度の栄養失調だったことが分かりました。

欧州に打ち上げられるマッコウクジラもお腹を空かしているのでしょうか。これまでに指摘されている諸説を紹介しておきましょう。

(1)マッコウクジラが増えすぎた

ノルウェーやアイスランドのほか、デンマークのグリーンランドとロシアの原住民が捕鯨を続けています。環境保護団体「クジラとイルカ保護協会」のデータによると2013年にノルウェーが捕獲したのはミンククジラが594頭。アイスランドはミンククジラが35頭、ナガスクジラが134頭。グリーンランドはミンククジラ173頭、ナガスクジラ9頭、ザトウクジラ8頭。ロシアはコククジラが127頭、ホッキョククジラ1頭です。

出典:「クジラとイルカ保護協会」データより筆者作成
出典:「クジラとイルカ保護協会」データより筆者作成

かつては鯨蝋(げいろう、油)を目的にマッコウクジラが乱獲されましたが、1970年代以降、需要の後退とともに捕獲量も激減し、国際捕鯨委員会(IWC)の管理対象となっています。マッコウクジラの摂餌量は年間9100万トンに達するとみられており、世界全体で200万頭が生息しているという推定もあります。マッコウクジラが増えすぎて、ノルウェー海の餌が不足し始めたのでしょうか。

(2)地球温暖化

米航空宇宙局(NASA)によれば、北極海の海氷は1970年代後半以降、10年に12%のペースで後退しているそうです。2007年以降さらにそのペースは加速しています。薄い氷は厚い氷よりも太陽光を反射しないため、熱が吸収されて氷がますます薄くなります。海氷上に水たまりができて、海水がどんどん温まっています。

昨年3月には、米国立雪氷データセンター(NSIDC)が北極海の冬の海氷量が1450万平方キロメートルとなり、観測開始以来、最低水準にまで減少したと報告しました。これまでの最低だった11年の観測値を13万平方キロメートルも下回ったそうです。海氷の上を移動するホッキョクグマだけでなく、海水温の上昇や、温かい水と冷たい水の循環の変化に伴い、海の生態系が変化し始めています。

温暖化に伴う海水温や循環、餌場の変化がマッコウクジラのオス集団の移動に影響を与えているのかもしれません。

(3)ロシアの潜水艦

ロシアの有人潜水艇2艇が2007年に、北極点周辺の海底にロシア国旗を立てました。ロシアのプーチン大統領は北極海の海底に眠る石油・天然ガス資源の開発権獲得に野望を抱いているとみられています。ウクライナ危機で欧米諸国との緊張が高まるとともに、ロシアの潜水艦の活動レベルは冷戦レベルに戻ったと分析されています。

ノルウェー海での活動を密かに活発化させるロシア潜水艦の発するソナーがマッコウクジラを混乱させ、オス集団の移動経路を狂わせているという説もまことしやかに囁かれています。今のところ、どの説が正しいのか、はっきりしたことは分かりません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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