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「国境なき医師団」支援病院がシリアで空爆、14人死亡 病院狙うアサドとプーチン

木村正人在英国際ジャーナリスト
空爆されたシリアの「国境なき医師団」支援病院(写真:ロイター/アフロ)

危機に瀕する停戦協定

約2カ月続いた停戦協定が崩壊の危機に瀕しているシリアの北部アレッポで27日夜、国際医療支援団体「国境なき医師団(MSF)」が支援する病院が空爆され、医師2人を含む、少なくとも14人が死亡したとMSFが発表しました。病院は爆撃で破壊され、瓦礫と化しました。病院周辺の建物を狙った空爆も行われました。

「医療施設を狙った攻撃を厳しく非難します。破壊された病院はアレッポに欠かせない医療施設で、地域の主要な小児科連絡センターでもありました」とMSFのシリア責任者は声明を発表しました。内戦の最前線、アレッポには推定25万人の住民が暮らしています。残っている1つの道路が遮断されるとアレッポは完全に封鎖されます。

アレッポでは先週、医療施設が数カ所攻撃され、5人の救助隊員が死亡しました。27日夜に空爆された病院には34床のベッドがあり、8人の医師と28人の看護婦がフルタイムで働いていました。シリアでは病院や医療施設が空爆されるのは珍しくありません。

2月にもイドリブにあるMSF支援病院が2回にわたって攻撃され、MSFの支援スタッフ9人を含む25人が死亡し、11人が負傷しました。今年に入ってから7カ所のMSF支援病院が攻撃され、16人の医療従事者を含む42人以上が死亡しています。今年3月にMSFがシリア内戦について発表した報告書から抜粋したのが下のグラフです。

出典:MSF報告書
出典:MSF報告書

人権団体「人権のための医師団(Physicians for Human Rights)」のまとめによると、シリア内戦で計358カ所の病院や医療施設が攻撃され、アサド政権のシリア政府軍やロシア軍が関与した攻撃は326カ所。死亡した医師や看護師など医療従事者は726人で、このうちシリア政府軍やロシア軍が関与したのは688人にのぼっています。

出典:PHRデータをもとに筆者作成
出典:PHRデータをもとに筆者作成

アサドやプーチンが病院を狙うワケ

英BBC放送によると、地元の情報源は、爆撃機はシリアかロシアのものだったと証言しているそうです。これに対し、シリア政府軍は病院への攻撃を否定しています。反体制派組織が離脱を表明したことでスイス・ジュネーブでの和平交渉が停滞する中、シリアの大統領アサドやロシアの大統領プーチンは病院や医療施設への攻撃を再開したのでしょうか。

国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは今年3月、直近の3カ月間にシリア政府軍やロシア軍によって意図的に攻撃された少なくとも6件の病院攻撃について調査した結果を発表しています。関係者の証言から次のような実態が浮かび上がっています。

「病院と水、電気はいつも最初の攻撃対象になります。一度それらが破壊されたら、人々は生存していくためのサービスを失うからです」(医師)。攻撃された病院や医療施設の周辺には軍の車両や検問所、兵士、戦線はまったくありませんでした。アムネスティ・インターナショナルのティラナ・ハッサン危機対応部長はこう結論づけます。

「反体制派組織が支配するアレッポ周辺地域の病院はロシア軍とシリア政府軍の主要な攻撃ターゲットになっています。病院への攻撃によって紛争地域で暮らす人々の重要なライフラインを壊滅し、人々から逃げること以外の選択肢を完全に消し去っているのです」

「シリア政府軍とロシア軍は彼らの軍事戦略として医療施設への意図的な攻撃を行っています」

米軍もMSF病院を誤爆、オバマが謝罪

医療施設や医療従事者への攻撃は国際人道法で禁じられているにも関わらず、シリア以外でも病院や医療施設への攻撃はあとを絶ちません。昨年10月にはアフガニスタン北部クンドゥズでMSFの病院が誤爆され、米大統領のオバマが米軍による誤爆を認めて謝罪、事実関係の調査を約束しました。

MSFは誤爆を避けるため、常にすべての紛争当事者に医療施設の正確な位置を通知しています。クンドゥズの事件でも外傷病院など関係施設について全地球測位システム(GPS)の位置情報を駐アフガン国際部隊や政府軍に知らせていました。

MSFは世界28カ所に拠点を持ち、3万5千人のスタッフを擁しています。13億ドル(約1400億円)の年間予算の約9割は570万人の寄付によって支えられています。中東・北アフリカを中心に紛争が拡大、その一方で米国や欧州連合(EU)のリーダーシップが欠如する中で、MSFのような国際NGO(非政府組織)の役割が増しています。

国際的な人道支援につぎ込まれる予算は2014年末時点で実に170億ドル(1兆8300億円)にのぼっています。

女性や子供などの一般市民だけでなく、病院のドアの前で武器を置きさえすれば、民族や宗教、政治的志向には関係なく、無料で治療を行うのがMSFの方針です。しかしテロリストの「人間の盾」になっているとして、体制側が病院や医療施設を意図的、組織的に攻撃する悪質な事例が増えているのです。

付随的被害として片付けるな

MSFのジョアン・リュー会長は昨年、ロンドンでの講演でこう呼びかけました。「医療施設が爆撃され、医療従事者および患者が命を奪われても付随的被害としかみなされず、単なる過失で片付けられることなどあってはならないのです」「皆様にも、社会を構成する一員として、私たちとともに戦争にもルールがあるのだと声を上げていただきたいのです」

国境なき医師団のジョアン・リュー会長(筆者撮影)
国境なき医師団のジョアン・リュー会長(筆者撮影)

「リスクについて私たちの組織は毎日自問しています。2~3年前にソマリアから撤退しました。シリアには撤退した地域もあります。私たちは犠牲になるために赴くのではありません。殉教者でもありません」

国際的な政治のリーダーシップが深刻な真空状態に陥っているのに伴って、リスクの高い最前線における国際NGOの役割が一段と増していることが病院攻撃急増の背景にあります。米国と欧州の衰退が明らかになる中で、「紛争のあらゆる当事者は医療施設、医療従事者を攻撃してはならない」という交戦法規すら公然と無視されるようになったのが悲しい現実です。

出典:グーグルマイマップで筆者作成
出典:グーグルマイマップで筆者作成

国境なき医師団

中立・独立・公平な立場で医療・人道援助活動を行う民間・非営利の国際団体。フランス赤十字社の対外救護活動に参加した青年医師たちによって1971年に設立された。92年には日本事務局も発足。紛争や自然災害の被害者や、貧困などさまざまな理由で保健医療サービスを受けられない人々に緊急医療を提供している。99年にノーベル平和賞受賞。昨年は3万8千人以上の海外派遣スタッフ・現地スタッフが約60の国と地域で活動した。日本も87人を派遣した。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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