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新聞のデジタル版が無料で読める時代は終わる 紙だけでなくオンラインも苦戦

木村正人在英国際ジャーナリスト
紙だけでなくオンラインでも苦戦が続く新聞(写真:ロイター/アフロ)

凄腕編集長の退場

オンラインの広告収入だけでニュースを伝えるのは無理だということがはっきりしました。タダですべてのニュースをネットで公開してきた英紙ガーディアンがとうとう白旗を挙げてしまったのです。昨年夏まで20年間にわたって英紙ガーディアンの編集長を務め、今年9月から同紙を保有するスコット・トラスト会長に就任する予定だったアラン・ラスブリッジャーが突然、ガーディアン紙を去ることを発表しました。

アラン・ラスブリッジャーの退場を伝えるガーディアン紙デジタル版
アラン・ラスブリッジャーの退場を伝えるガーディアン紙デジタル版

理由はガーディアン紙の経営不振と路線対立です。ラスブリッジャーは12日、スタッフへの電子メールでスコット・トラスト会長には就任しないと伝えたのです。その代わり英名門オックスフォード大学レディー・マーガレット・ホール校の校長に就任、同大学ロイタージャーナリズム研究所の議長に指名されています。ラスブリッジャーはメールでこう伝えています。

「私が昨年夏に編集長を降りてから状況は大きく変わりました。すべての新聞、多くのメディア組織は激しい経済の荒波に飲み込まれています。私たちは全員、ハリケーンの中でジャーナリズムを実践しています。環境の変化はこれまでとは違う劇的な解決策を求めていることは極めて明白です」

ニュースをタダで伝えることに限界を感じている後任編集長キャサリン・バイナーはラスブリッジャーの会長就任に反対していました。しかし、ラスブリッジャーの功績を素直にたたえています。「アランは過去30年にわたってガーディアン紙を代表する人物でした。編集長だった1995年から2015年にかけ、彼はガーディアン紙を英国の新聞から世界のデジタル・メディアに変身させました」

同紙は、英大衆紙の組織的盗聴事件、ウィキリークスの米外交公電、米英両国の市民監視プログラムを暴いたスノーデン・ファイルと歴史的なスクープを連発し、世界で最も成功したデジタル・ニュースメディアと評価されてきました。

90億円超える赤字

しかし今年3月期の決算で5860万ポンド(約91億4千万円)の損失を計上する見通しです。スコット・トラスト傘下にある親会社ガーディアン・メディア・グループの投資資金が7億4千万ポンド(今年1月時点、約1154億円)あるとは言え、この調子で赤字を垂れ流し続けるといずれ破綻してしまいます。

このため250人の人員カットを含め20%のコスト削減に取り組み、サポーター月5ポンド(780円)、パートナー月15ポンド(2340円)、パトロン月60ポンド(9360円)のメンバーシップ制を導入しています。ラスブリッジャーの退場は、オンラインの新聞がすべてタダで読める時代は終わったことを告げています。

ガーディアン紙の歴史と、ラスブリッジャーがどれだけすごい編集長だったかを振り返っておきましょう。

ガーディアン紙の紙面
ガーディアン紙の紙面

ガーディアン紙は1821年に地方紙マンチェスター・ガーディアンとして創刊されました。1872年に編集長になったC.P.スコットがオーナーになり、息子が「ガーディアン紙の財政と独立性の安定を永遠に保てるように」と信託財団スコット・トラストを設立します。その後「ガーディアン」に名前を変え、ロンドンに拠点を移します。

英名門ケンブリッジ大学を卒業したラスブリッジャーは1995年、42歳でガーディアン紙の編集長になります。その前年、米シリコンバレーを訪れ「インターネットは未来だ」と確信し、タダで読めるニュースサイト「ガーディアン・アンリミテッド」をスタートさせます。

「ペイ・ウォール(課金の壁)」を築かず、とにかくオンライン読者を増やすのがガーディアン紙の戦略でした。2001年の米中枢同時テロを境に人気は米国でも急上昇し、米紙ニューヨーク・タイムズ、英大衆紙デーリー・メールに肩を並べる世界的なニュースサイトになります。

ラスブリッジャーは告発サイト「ウィキリークス」創設者ジュリアン・アサンジと協力して米外交公電を報道した際「誰でも出版できる」時代が到来したと感じます。誰でも参加できる「オープン・ジャーナリズム」の理念を掲げ、新聞社で記者経験がまったくない米国の弁護士でジャーナリスト、グレン・グリーンウォルドを採用し、スノーデン・ファイルのスクープを呼び込みます。

ラスブリッジャーがいなければ、英メディアの中でも部数が多くないガーディアン紙がこれほど大きなスクープを連発することはなかったでしょう。

新聞のデジタル化をめぐっては「メディアの帝王」ルパート・マードック氏傘下のタイムズ紙が2010年6月から「ペイ・ウォール」を導入して有料化に踏み切り、黒字化に成功しています。紙の新聞の販売・広告収入を食い潰す形でデジタル化に対応してきた新聞社ですが、それが限界に達したことをラスブリッジャーの退場は明確に物語っています。

「情報の百貨店」は要らなくなった

無料で良質のコンテンツを提供し続けるのは無理があります。良い記事を書こうと思ったら、やはり時間とカネがかかります。「コンテンツが王様」という大原則は時代が変わっても変わりません。しかし新聞を「情報の百貨店」にたとえるなら、媒体として流通を独占している間は良かったのですが、インターネットの発達でその優位性は完全に失われました。

新聞が提供する情報の希少性はなくなり、品揃えは豊富だが欲しい読み物が見つからない「情報の百貨店」は集客力を失っています。インターネット時代の情報発信には「拡散」「収益」「コンテンツ」を考える必要があります。

新聞社というプラットフォームではこうした問題を解決できなくなっています。「拡散」「収益」という面で新聞社がグーグルやフェイスブック、アマゾンといったネット企業に勝つのは難しいからです。

日経新聞はフィナンシャル・タイムズ紙を1600億円で買収しました。いずれも経済紙で「情報の百貨店」というよりは「情報の専門店」です。日本国内のデジタル読者を増やし、アジア・マーケットにどれだけ食い込めるかが勝負の分かれ目になるでしょう。

アマゾンの最高経営責任者(CEO)ジェフ・ベゾスは伝統の米紙ワシントン・ポストを買収しました。「拡散」と「収益」はネット企業が引き受け、コンテンツは新聞の編集局がデジタル・スタッフと一緒になって展開する新境地を切り開いています。ワシントン・ポスト紙はアマゾンの悪い話は書けないという欠点がありますが、1つの大きな可能性を示していると思います。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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