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中国軍艦の領海侵入 発動された対日「航行の自由」作戦

木村正人在英国際ジャーナリスト
日本の海を守る中谷元防衛相(写真:ロイター/アフロ)

15日午前3時半ごろ、海上自衛隊のP-3C哨戒機が鹿児島県口永良部島西の日本領海を南東に向かって進む中国海軍のドンディアオ級情報収集艦(6096トン)1隻を確認。その後、中国の軍艦は午前5時ごろ、屋久島南の領海外に出て南東へ向けて航行したそうです。

出所:防衛省HP
出所:防衛省HP
出所:各紙報道をもとに筆者作成
出所:各紙報道をもとに筆者作成

中国海軍の艦艇が領海に侵入したのは2004年に漢級原子力潜水艦が潜行したまま石垣島沖で領海に侵入して以来2回目となります。今月9日未明には尖閣諸島の接続水域を中国軍艦が航行したばかり。

周辺海域では日本、米国、インドの海上共同演習「マラバール」に参加するインド海軍の補給艦とフリゲート艦が航行しており、「中国海軍の軍艦がインド軍艦を追うように航行した」(中谷元・防衛相)ようです。

これは、南シナ海で米海軍が昨年10月から実施する「航行の自由」作戦に対抗する中国海軍の対日「航行の自由」作戦なのかもしれません。

中国国防省情報局の見解がホームページに掲載されています。「トカラ海峡は国際航行に使われている領海内の海峡だ。中国軍艦がこの海峡を通過するのは国連海洋法条約(UNCLOS)の航行の自由の原則に合致する」

(原文)"The Tokara Strait is a territorial strait used for international navigation. It is in accordance with the freedom of navigation principle of the United Nations Convention on the Law of the Sea for Chinese warships to sail through the strait," China's Ministry of National Defense (MND) said on June 15, 2016.

中国外務省の陸慷(ルー・カン)報道局長も定例記者会見で次のような見解を示しています。

「トカラ海峡はすべての国の国際航行と船舶に無害通航権が認められている海域だ。事前通知や事前承認は必要ない。もし日本政府がこの問題を取り上げるのなら、中国政府はその隠された動機を問いたださなければならない」

(原文)It is worth pointing out that the Tokara Strait is for international navigation and vessels from all countries are entitled to innocent passage in these waters without prior notice or approval. Japan insisted on playing up this issue while knowing clearly this fact, and that's why we have every reason to question its hidden motives.

出所:15年版防衛白書、赤枠は筆者
出所:15年版防衛白書、赤枠は筆者

15年度版防衛白書を見てみましょう。沖縄と台湾を結ぶ第一列島線を中国軍艦が頻繁に行き来していることが分かります。口永良部島近くでは鹿児島県大隈半島沖の大隈海峡を通過していました。

日本は領海法で宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡東水道、対馬海峡西水道と大隅海峡(特定海域)について12カイリ領海は適用せず、基線から3カイリを領海とすると定めています。中国の軍艦はこれまで大隅海峡に残った公海の部分を行き来していました。

トカラ海峡

今回、中国側が強調する「トカラ海峡」とは口之島とその北東約50キロにある屋久島との間の海峡です。東への潮流がかなり急で帆船時代は琉球航路最大の難所とされたそうです。

日本が「特定海域」にもしていないトカラ海峡を「国際海峡」と主張するのが中国側の狙いなのかどうかはまだ分かりません。国際海峡とは公海または排他的経済水域(EEZ)の一部と、公海またはEEZの他の部分との間における「国際航行」に使用されている海峡のことを言います。

沿岸国の領海ですべてが覆われる国際海峡では、領海で認められる無害通航権よりも、沿岸国の管轄権の行使が制限される通過通航権が軍艦を含むすべての船舶と航空機に認められています。潜水艦の潜航したままの海峡通過も解釈上できるとされています。

5つの「特定海域」を領海内の国際海峡とした場合、核兵器を搭載する艦艇や航空機にも認められるため、核兵器を製造せず、持たず、持ち込みを許さない日本の非核3原則に触れる恐れが生じてきます。このため大隅海峡など5つの海峡を領海ではない公海にした経緯があると言われています。

「航行の自由」作戦の対日版

大阪大学大学院国際公共政策研究科の真山全教授は「日米安全保障専門家会議」報告書で「トカラ海峡や伊豆小笠原諸島沿の日本領海で覆われた海峡には国際海峡があるとも指摘される」としています。さらに次のように警鐘を鳴らしています。

「中国艦艇航空機が南西諸島のいずれかの日本領海たる海峡を通過する際にそこが国際海峡であると主張する可能性もある。その場合には、潜没潜水艦も含めて通過通航権が認められると中国は主張するはずである」

「中国が通過通航権の適用される国際海峡と認識する日本領海上空の中国軍用航空機通過が考えられる。要するにこれは米海軍が excessive maritime claims(筆者訳:限度を超えた海洋権益の主張)をなす旧ソ連やリビアその他の国に対し行ってきたような『航行の自由作戦』の対日版に他ならない」

04年に漢級原子力潜水艦が潜行したまま石垣島沖で領海に侵入した際は、中国は「航法上の錯誤」と説明しています。

分からないのは今回、中国が主張しようとしているのが「無害通航権(innocent passage)」なのか、国際海峡に認められている「通過通航権(transit passage)」なのかということです。日本の領海ですべてが覆われている海峡について、中国が一方的に「国際海峡」と主張し、「通過通航権」を行使しだすと非常に厄介なことになります。

核ミサイル原潜が潜行したまま通過したり、核爆弾を積んだ軍用機が飛行したりする事態も十分に想定されるからです。中国はあらゆる手段を使って日本への圧力を増してくるでしょう。挑発にのって事態をエスカレートさせない忍耐力と警戒心が求められています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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