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今さら聞けない英国のEU離脱問題 どうなってるの?

木村正人在英国際ジャーナリスト
英のEU離脱問題 国民投票 投票日(写真:ロイター/アフロ)

欧州連合(EU)に留まるのか、それとも離脱するのかを問う英国の国民投票が23日午前7時(英国夏時間)に始まりました。筆者の自宅近くにあるロンドンの投票所では出勤前の投票権者が次々に投票にやって来ました。30代の男性は「残留に投票した。英国は欧州の中でやっていった方が良い」と答えました。

ロンドンにある筆者の自宅近くの投票所(筆者撮影)
ロンドンにある筆者の自宅近くの投票所(筆者撮影)

EU大統領(首脳会議の常任議長)、欧州委員会の委員長、欧州議会の議長が誰なのか、その役割を正確に言える人が日本に果たしてどれぐらいいるのでしょう。英国内での検索エンジン、グーグルに打ち込まれた質問の中で「ロシアはEU加盟国?」「トルコは?」がトップ5に入り、EUってよく分からないと思っている投票権者がいかに多いかが浮き彫りになっています。

筆者は2013年11月に新潮新書から『EU崩壊』という本を出しましたが、07年7月に新聞社の特派員としてロンドンに赴任した頃は、恥ずかしい話、EUのことをよく知りませんでした。それで子供向けのEU解説本を読みながら、いかに分かりやすく伝えるか知恵を絞ってきましたが、非常に難しいという結論に達しました。

まずEUを伝える時に、適当な顔が誰も浮かばない。ドイツのメルケル首相は「EUの女帝」と呼ばれますが、彼女はやはりドイツの国益が第一です。英国のキャメロン首相も英国の利益を優先させます。EU首脳会議のプレーヤーが28カ国もいて、どの国がどんなことを言っているのか、把握するのが非常に難しいのです。

組織の構造や手続きも複雑で、さらにEU官僚の手で次から次へと規制が生み出されていきます。というのもEUは28カ国という数を利用して、地球温暖化問題などでグローバルな規制作りを主導して、EUを米国や中国に対抗できる経済圏にしようという大きな戦略を持っているからです。

国民投票の結果が出るのは24日午前7時(日本時間は同日午後3時)ごろです。英国のEU離脱が決まれば、これからどうなるか分からないという不確実性が連鎖的に広がり、EUだけでなく、日本、引いては世界経済にも大きな影響を与えます。もう一度、英国のEU離脱問題をおさらいしておきましょう。

――そもそもEUって何ですか?

「第一次大戦、第二次大戦をはじめ、欧州大陸では戦争が後を絶たず、たくさんの人が死に戦争の大地と言われてきました。こんな悲劇を繰り返すのはもうたくさんと1951年に戦争の原因となってきた石炭と鉄鋼をドイツとフランスが手を携えて共同管理する仕組みを作ったのが始まりです」

「ベルリンの壁崩壊を経て欧州共同体に発展し、現在のEUになりました。1990年代のユーゴ紛争でバラバラになったバルカン諸国の安定の錨になっているのもEUです。しかし、世界金融危機が引き金となり、ユーロ危機が起こり、ギリシャやスペイン、アイルランド、ポルトガルへの支援が必要となり、債務国と債権国の間に亀裂が広がりました」

――英国がEUから離脱したいと言っているのはなぜですか?

「日本ではダイソンの新しいヘアドライヤーが発売され、話題を呼びましたね。ダイソンは掃除機で有名な英国の電気機器メーカーです。創業者のジェームズ・ダイソンは離脱派です。説明書をEU加盟国の言葉の数だけ用意するなど決め事が多すぎてうんざりしているというのが原因です」

「また英国人はミルクチョコレートが好物なのに、ココアの含有量が30%だとか決まっています。その基準を守れば人口5億人のEU単一市場で自由に販売できるというメリットがあるんですが、米国は10%。これでは国際競争に勝てないという声が上がっています」

「EU域内では確かに自由に貿易できるようになるが、域外に対しては障壁を築いているという批判もあります。また金融規制が強まれば、国際金融都市ロンドンから資金が逃げていくという懸念もあります。世界の中でEU市場の魅力が少しずつ失われているので、EUの規制から逃れた方が長い目で見たら得だという議論が行われています」

――移民が増えたという声もありますね

「EU創設と2004年のEU拡大によって東欧やバルト三国からの出稼ぎ移民が急激に増えました。英国のイングランド地方でこれまでは移民の割合が1割ぐらいだったところでもこの10年間で2割ぐらいに増えました。年金生活者の中には、政府から何も説明がなかったのに、住環境がこんなに激変し、もうこれ以上、移民は増えてほしくないという素朴な不安があります」

「EUの理屈では景気の変動に合わせて、移民の数も増減するというのですが、現実的には増え続けています。英国は他のEU加盟国に比べて比較的、就職差別が少ないので、移民が年間33万人以上も増え、キャメロン首相の公約の10万人を3倍以上上回っています。1991年から2015年にかけ、英国にやって来た移民は差し引きして計431万2千人、すごい増え方です」

「さらに単純労働やそれに近い労働市場に移民が流れ込み、約1割を占めるようになり、賃金を2%程度押し下げました。こうした出稼ぎ移民が英国の児童手当を申請して母国に送金している例もあることから単純労働者や熟練労働者が反発しています」

――投票用紙には何が書いてあるんですか?

「英国はEU加盟国として残留すべきですか、離脱すべきですか、と投票用紙には書かれています。残留と離脱の2つのボックスにチェックを入れる完全な二者択一式です」

――英国がEUから出るとどんな影響がありますか。

「英国では為替・債券・株式・不動産が一気に急落する恐れがあります。EUへの輸出は昨年、英国全体の47%、輸入は54%を占めました。輸出にEUの対外関税がかかると相当大きな影響が出ます。EU離脱は英国経済にとってマイナスという経済予測は以下の通り、たくさんあります。移行期間の2年の間にスコットランドが英国から独立し、分離主義がスペインのカタルーニャ自治州など欧州に飛び火する恐れもあります」

【英財務省】英国の家庭は年4300ポンドの減収。15年後の国内総生産(GDP)への影響は-7.5~-3.8%

【国際通貨基金(IMF)】地域経済と世界経済に深刻な影響を与える

【経済協力開発機構(OECD)】2020年までにGDPは-3.3%落ち込む。1世帯当たり年2200ポンドの減収。30年までには年3200ポンド、最悪シナリオでは5千ポンドを失う

【世界貿易機関(WTO)】WTOとの貿易協定交渉はゼロから。毎年、輸入品にかかる90億ポンドの関税が消費者負担となり、輸出品にも年55億ドルの関税がかかる(英紙フィナンシャル・タイムズ)

【英国産業連盟(CBI)、国際会計事務所PwC】20年時点でGDPへの影響は-5.5~-3.1%。1千億ポンドと95万人の雇用を失う

【イングランド銀行(英中央銀行)】英通貨ポンド急落。不況になる恐れ。6月14日から市場に流動性を供給する臨時オペ実施

【英国労働組合会議(TUC)】30年までに英国の労働者は毎週38ポンドの損失を平均で被るようになる

【フィナンシャル・タイムズ】エコノミスト(100人以上)の4分の3以上が中期的に英国経済に悪影響を与えると回答

【ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス】GDPに与える影響は-2.6~-1.3%

【オックスフォード・エコノミクス】GDPへの影響は-3.9~-0.1%

【オープン・ヨーロッパ】EUと新たな貿易協定を結べないと30年時点でGDPは-2.2%

――EUや国際情勢にどんな影響がありますか

「EU経済圏も大きな影響を受けるでしょう。さらに規制が強まり、社会主義化する恐れもあります。心配なのはEU域内の政治が一気に不安定化することです。フランスの極右政党『国民戦線』やドイツの新興政党『ドイツのための選択肢』が勢いを増し、EU懐疑派がさらに拡大するのは必至です」

「ロシアのプーチン大統領はEUが不安定化するのを歓迎するでしょう。米国と欧州の接合部だった英国がEUから抜け弱体化することで、欧米の連携が弱くなり、ロシアへの歯止めがさらに弱くなる恐れがあるからです。安全保障が脆弱なバルト三国でロシア系住民による後方撹乱などを画策される恐れもあります」

――離脱になった場合、日本経済にはどのような悪影響がありますか

「英国のEU離脱による影響は短期的には日本が最も大きく受けるでしょう。中国経済の減速など世界経済の先行き不透明化で安全資産の円買いが進み、円高・株安に戻しています。英通貨ポンドが売られる一方で円買いが進むと予想され、みずほ総合研究所は『ドル円相場で2~6円の円高、1千~3千円の株安圧力になる』と推計しています」

「英財務省は5月にEU離脱のショックシナリオとして12%のポンド下落、最悪シナリオで15%の下落を予想しています。英中央銀行、イングランド銀行は離脱ショックに備えて6月14日から市場に流動性を供給する臨時オペを開始しています」

「参院選の投票日を7月10日に控える日本は急激な円高・株安ショックに見舞われる可能性が高いでしょう。安倍晋三首相の経済政策・アベノミクスは致命傷を負い、デフレに逆戻りして企業収益も落ち込むという最悪シナリオも十分に考えられます」

「EUへの玄関口として英国に進出している日本企業はここ数年、投資を拡大させてきただけに大打撃を受けます。EUとの貿易協定の再交渉がどうなるかも分からず、EUの対外関税が適用された場合、自動車には10%、自動車部品には5%の関税がかかり、日産、トヨタ、ホンダといった日系自動車メーカーは中・長期的に生産拠点やサプライチェーンを見直すかもしれません」

「また、大手邦銀の中にはEU域内で営業できるパスポートを英国で取得しているところもあり、他のEU加盟国での取り直しを迫られる恐れもあります」

――離脱と残留の割合どの程度と伝えられていますか?

「最後に公表された世論調査は45対45でイーブンでした。世論調査組合の会長を務める大学教授のサイトもイーブンです。市場やブックメーカーと呼ばれる賭け屋は残留に大きく傾いていますが、キャメロン首相は先日『結果は誰にも予想できない』と話しています。正直言って、蓋を開けてみないと分からないという状況です」

出所:各種世論調査から筆者作成
出所:各種世論調査から筆者作成

「残留派が勝つとしても小数点以下の僅差になるのではとみています。お天気、投票率しかも年寄り、若者がどれだけ投票に行くか、郵便投票がきちんと届くのかという要素もあります。キャメロン首相は領有権争いのあるジブラルタル(有権者2万3千人)に行って投票を呼びかけ、スペインの首相を怒らせました。領有権争いのある竹島に韓国の大統領が行くようなものです。最後の最後まで青くなるしかないのではないでしょうか」

――どんな層が残留を、どんな層が離脱を主張していますか?

出所:Populusデータより筆者作成
出所:Populusデータより筆者作成

「地域によって異なります。ロンドン、スコットランド、北アイルランド、ウエールズが残留、それ以外のイングランドが離脱。年代によって異なります。若者は残留、高年者は離脱。バックグラウンドによっても異なります。大学卒業以上は残留、それ以外は離脱。職業によって異なる、読んでいる新聞によって異なる、所得によって異なる、本当に二分しています」

同

――日本では2014年衆議院選挙の投票率が52.66%で過去最低でした。20代は33%、30代は42%。英国の若者はどうですか?

「英国でも昨年の総選挙で25歳以下の投票率は45%、60歳以上は75%でした。やはり高年者の投票率は今回の国民投票でも高いでしょうが、さすがに自分たちの将来に関わるので若者も投票所に足を運ぶと思います。英国の若者は圧倒的に残留が多いのです。EUの中で一番、欧州懐疑派が多い英国の若者がEUを好きになるという珍現象が起きています」

――先日の議員射殺は大変ショッキングなニュースでした

労働党の女性議員ジョー・コックスさん(Brendan Cox)
労働党の女性議員ジョー・コックスさん(Brendan Cox)

「16日、『ブリテン・ファースト』を叫ぶ男に労働党の女性下院議員ジョー・コックスさんが殺害されました。昨日22日、ロンドンのトラファルガー広場にはコックスさんの死を悼む人たち9千人が集まり、ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんも参加しました。混乱はありませんが、テロを警戒して水面下では厳戒態勢がとられているはずです」

――国民投票後、残留派と離脱派は和解できますか?

「最大野党の労働党は残留218人、離脱10人でまだまとまっていますが、収拾のしようがないのが政権与党の保守党です。残留185人に対し、離脱138人でボサボサ金髪頭のボリス・ジョンソン前ロンドン市長らがキャメロン首相を引きずり下ろそうとしています。保守党内の対立はさらに悪化するでしょう。国内も残留派と離脱派、英国人と移民の間に不信感を植えつけたと思います」

――ロンドンの街の雰囲気はどうですか?

「昨日まで街では残留派と離脱派が街頭キャンペーンを繰り広げ、TVでも激しい舌戦が繰り広げられました。パブやカフェでも議論されています」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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