Yahoo!ニュース

天皇陛下が退位されてもエリザベス英女王の退位はあり得ない 皇室典範に退位規定がないワケは

木村正人在英国際ジャーナリスト
明仁天皇と美智子皇后(1991年の東南アジア歴訪記者会見)(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

天皇陛下の「お気持ち」

天皇陛下(82)は8日、「お気持ち」をビデオメッセージで表明され、生前退位の意向を強くおにじませになりました。

「二度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました」

「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました」「天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます」

日本の歴史を振り返ると天皇が退位した例はあるものの、戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の占領下、憲法とセットで定められた皇室典範には「生前退位」の規定が設けられていません。このため天皇陛下はビデオメッセージで「生前退位」のご意向を示し、国会に皇室典範の改正を促す必要があったわけです。

「象徴天皇と退位は調和しない」

皇室典範は「天皇が崩じたときは、皇嗣(皇位継承順位1位の皇族)が、直ちに即位する」(第4条)とだけ定めています。

1946年12月から始まった帝国議会で、皇室典範案に天皇退位の規定がない理由について、憲法担当の金森徳次郎国務大臣は「天皇御一人のお考えによりまして、その御位をお動きになるということは、この(天皇は国の象徴という)国民の信念と結びつけまして、調和せざる点がある」と答弁しています。

日本はGHQの指導で憲法を制定する際、武力を放棄する代わりに天皇という国のかたち(国体)を守りました。明治憲法下では憲法を超越していた天皇の地位は国会が定める現行憲法の下に置かれました。それが象徴天皇という新しい概念であり、憲法や皇室典範によってその権限は厳しく制約されています。

GHQと激しくやり合った法制局が皇室典範に「生前退位」の規定を入れなかった理由ははっきりしています。戦犯として極東国際軍事裁判にかけられる最悪の事態は免れたものの、戦争責任を追及するため昭和天皇の退位を求める声が連合国軍から起きるのを怖れたからでしょう。

軍部が再び台頭する恐れはなくなっていたものの、外部の圧力で天皇が退位させられることがないよう歯止めをかけておく必要がありました。安倍政権内では、現在の天皇陛下に限って退位を可能にする特別法を制定する案が浮上しているそうです。

退位による世代交代進む欧州の王室

欧州の王室では生前退位による世代交代が相次ぎました。

オランダのベアトリックス前女王(78)は2013年4月に退位を表明し、アレクサンダー国王(49)の即位式が行われました。ベルギーのアルベール前国王(82)も同年7月に退位して長男のフィリップ国王(56)が即位しました。スペインのフアン・カルロス前国王(78)は14年6月に退位して長男のフェリペ国王(48)が即位しています。

ノルウェーのハラルド国王(79)も、デンマークのマルグレーテ女王(76)も高齢化が進んでいます。

英王室ウォッチャーによると、英国の王位継承も少しずつ準備が進められると言います。バッキンガム宮殿でエリザベス女王(90)が車まで歩く距離が短くなるなど、その兆候は徐々に現れているそうです。

エリザベス女王は英史上最高齢の君主で、在位期間もビクトリア女王を抜いて最長の64年185日(8月8日現在)を誇っています。最高齢で王位を継承したのは1830年のウィリアム4世の64歳10カ月5日ですが、チャールズ皇太子はもう67歳になっています。

オランダ王室ではベアトリックス女王を含め3代連続で女王が生前退位しました。退位が珍しくないオランダ王室に比べて、英王室で退位したのは、シンプソン夫人との「王冠を賭けた恋」で有名なエドワード8世(1894~1972年)だけで、マイナス・イメージがつきまといます。

英王室の伝統

英国のジョージ3世(1738~1820年)は晩年、正気ではなくなり、ビクトリア女王(1819~1901年)も不眠症などに悩まされましたが、亡くなるまで君主の役割を果たしました。君主は息を引き取るまで君主であり続けるのが英王室の伝統なのだそうです。

出所:英大衆紙サンのデータをもとに筆者作成
出所:英大衆紙サンのデータをもとに筆者作成

エリザベス女王は25歳で即位。第二次大戦からの復興、ダイアナ元皇太子妃の事故死など数々の苦難を乗り越えてきました。昨年の公務は国内306件、海外35件とロイヤルファミリーの中では4位をキープしています。今も朝食を済ませると手紙や政府文書に目を通し、週に1度、首相との会見をこなしています。

英国民にとってロイヤルファミリーは、日本国民と皇室の関係より身近な存在です。エリザベス女王にとって君主とは神聖な職務です。エリザベス女王の母親エリザベス皇太后は101歳まで生きました。王位継承を待ち続けるチャールズ皇太子には本当に気の毒なことですが、エリザベス女王は神から授けられた君主の責任を命が続く限り果す覚悟だと筆者は思います。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事