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「門戸開放」メルケル、お膝元で「反難民」政党に敗北す 欧州に暗雲広がる

木村正人在英国際ジャーナリスト
「ドイツのための選択肢」の女性党首フラウケ・ペトリ(写真:ロイター/アフロ)

屈辱の3位

昨年、地中海を渡って欧州大陸に100万人を超える難民が流入した際、「私たちは門戸を開放します」と宣言したドイツの首相メルケルがいよいよ追い込まれてきました。ドイツ北東部メクレンブルク・フォアポンメルン州(旧東ドイツ)で4日行われた州議会選挙で、メルケル率いるキリスト教民主同盟(CDU)が難民受け入れに反対する新興政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の後塵を拝し、屈辱の3位に沈みました。

メクレンブルク・フォアポンメルン州には旧東ドイツ出身のメルケルの選挙区がある、まさに首相のお膝元です。ドイツ公共放送ARDのホームページから得票率を見てみましょう。社会民主党(SPD)30.6%、AfD20.8%、CDU19%、左派党13.2%の順になっています。投票率は前回よりも10.1ポイント多い61.6%。前回棄権し今回投票所に足を運んだ有権者の多くがAfDに投票したとみられています。AfDが設立されたのは2013年で前回11年の州議会選の時にはまだ存在していませんでした。

筆者作成
筆者作成

「必要とあらば銃を使用」

AfDは今年3月に行われた3つの州議会選でも躍進しています。ナチスの記憶が残るドイツで第二次大戦後、右派政党が台頭するのは初めてのことです。

AfDは当初、金融政策は一つだが、財政政策はばらばらという単一通貨ユーロの構造問題を批判し、ユーロ圏からの離脱を唱えていました。しかし女性党首フラウケ・ペトリが「必要とあらば銃を使用すべきだ。もちろん私はそれを望んでいるわけではない。しかし銃器の使用は最後の手段だ」などと反難民・反イスラムの過激発言を繰り返すようになり、急激に人気を集めています。世論調査では全国的な支持率は12%です。

苦境のメルケル(左)(C)欧州委員会
苦境のメルケル(左)(C)欧州委員会

難民によるとみられる襲撃テロが相次いだ後も「門戸開放」政策にこだわるメルケルへの批判票がAfDに流れ込んでいます。ドイツでは17年秋に総選挙が予定されており、メルケルは12月までに4期目を目指すかどうかの判断を示すことをほのめかしています。「門戸開放」政策を取り下げない限り、メルケルのCDUが次の総選挙で勝利するのは難しいかもしれません。

メクレンブルク・フォアポンメルン州の人口は160万人でドイツ全体の2%。昨年以降ドイツに流入した100万人以上の難民のうち引き受けたのは2万3千人です。ドイツの有権者にはこのまま無制限に難民を受け入れ続けるのは現実離れしているという考えや、受け入れた難民に恨みを持たれてテロの攻撃対象にされてはたまったものではないという強い拒絶反応があります。

襲撃テロ10件

ドイツでは15年9月以降、襲撃テロが10件も相次いでいます。過激派組織ISや国際テロ組織アルカイダが関与したり、難民が犯行に及んだりしたケースも含まれています。難民とホスト国との間に不信感を植え付けるのがテロリストたちの狙いであるのは間違いありません。ドイツのようなホスト国が難民管理を強化すれば、難民の間に疎外感や絶望感が広がり、テロリストの温床になってしまう恐れがあります。

米大統領選ではイスラム教徒の入国禁止を唱えた不動産王トランプが共和党の指名候補になり、英国では移民規制を唱えた欧州連合(EU)離脱派が勝利を収めたばかりです。難民や移民、イスラム教徒への風当たりは世界中で厳しくなっています。こんな時に困っている人たちを助けましょうと言えるメルケルのような政治家は少数派です。メルケルは逆風に負けてしまうのでしょうか。しかし、私たちには思い出さなければいけないことがあります。

ユダヤ人の子供たちを救った特別列車

第二次大戦が始まる直前、ユダヤ人の子供たち約1万人をドイツ、オーストリア、チェコスロバキア、ポーランドから脱出させる特別列車が運行されました。子供たちをナチスの迫害から救うためです。ナチスに見つかり、消息を絶った子供たちもいます。筆者は産経新聞ロンドン支局長だった2009年9月、かつてリバプール・ストリート駅まで運ばれてきたユダヤ人の子供たちから話を聞いたことがあります。

リバプール・ストリート駅にあるユダヤ人難民の子供たちの像(筆者撮影)
リバプール・ストリート駅にあるユダヤ人難民の子供たちの像(筆者撮影)

子供とは言っても今では皆さん80歳を超えています。1939年6月に特別列車に乗ったマリアーネ・ウォルフソンさんは「16歳以上は列車に乗れなかったので、15歳の私はぎりぎりでした。残された両親は強制収容所で命を落としました」と話し、リサ・レッサーさんは「車中でイチゴジャムの白パンをほおばったのを覚えています。白パンなんて食べたことがありませんでした」と振り返りました。

特別列車を用意した英国人のニコラス・ウィントン氏は「70年前、子供たちだけでなく、彼らの家族も一緒に列車に乗せたかったが、できませんでした。子供たちと再会できて本当に感激しています」と声を震わせました。

メルケル、それともトランプ

人間の歴史とは戦争や紛争の連続です。そのたびに大量の難民が発生します。苦難の時に、暗闇に火を灯せる人がどれだけいるのでしょうか。難民や移民に嫌悪や敵意を持つ人たちに異を唱えるのは勇気のいることです。しかし人類の未来を託せるのは、トランプや、EU離脱と移民規制を声高に唱えた英国独立党(UKIP)党首のファラージのような政治家なのでしょうか。

私たちは今、歴史の大きな分岐点に差し掛かっています。筆者は、難民受け入れや英国のEU離脱という難題に取り組むメルケルに時間を与えるべきだと思うのですが。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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