「英国は2019年早々にEU離脱を」欧州議会議長が念押し
英国とEUの思惑
英国を訪問している欧州連合(EU)のシュルツ欧州議会議長は9月23日、首相官邸でメイ首相と会談、2019年の早い時期に英国はEUから離脱していることが望ましいとの考えを伝えました。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の講演でも同じ考えを示しました。
これまでのメイ首相やEU首脳の発言をみると、英国は17年1~2月にEU離脱交渉の引き金となるEU基本(リスボン)条約50条に基づく書簡をEUに送り、2年後の19年1~2月には英国はEUを離脱しているというスケジュールが浮かび上がります。
「2016年内はEUからの離脱交渉を開始するEU基本(リスボン)条約の50条を発動しない」(メイ英首相)
「17年の1月か2月に50条を発動する準備がきっと整うだろうとメイ首相は私に語った」(トゥスクEU大統領)
「17年の早い時期に50条の書簡を提出する。やってみないと分からないが、条約で定められている期限の2年もかかるとは思わない」(ジョンソン英外相、スカイニュースに対し)
「16年内は50条を発動しないという英政府の立場は変わっていない。その間に交渉の準備をする」(英首相官邸報道官)
17年4~5月 フランス大統領選
17年秋 ドイツ総選挙
「19年5月の欧州議会選までに英国のEU離脱は終了していなければならない。そうでないと離脱手続きが終わるまでの空白期間を埋めるためだけに英国の欧州議会議員を選出するというおかしな状況が生じる」「英国は可能な限り早く50条発動を」(シュルツ欧州議会議長)
19年5月 欧州議会選とそれに連動して欧州委員長選出。EUの新体制が発足
20年5月 英総選挙
EU側には新しい体制に変わった後まで英国のEU離脱問題を引きずりたくないという思惑があり、メイ首相にも19年の前半にEU離脱を片付けて、翌20年の総選挙に備えるメリットがあります。
「ジョー・コックスはEU国民投票の犠牲」
シュルツ議長はLSEでの講演で、EU国民投票キャンペーンの最中、「ブリテン・ファースト(英国第一!)」と叫ぶ男に労働党下院議員ジョー・コックスさんが殺害された事件を例に引き、「EU国民投票のキャンペーンは険悪になり、ジョー・コックスさんは惨殺された。真っ昼間に、彼女の信念のために?」と学生に語りかけました。
さらに「トラックやヘッジファンド(の巨額マネー)が自由に国境を越えることができるのに、EU市民ができないという状況は考えることさえできない」との見方を示し、EUは「人・財・資本・サービスの自由移動」という基本原則に関して英国に譲歩しないことを改めて強調しました。
これに対して、英保守党の離脱派議員は「シュルツ議長は事件を単純な図式に当てはめた」と反発しています。
筆者は国民投票の後、コックスさんが殺害された英中部バーストルを訪れ、現場の供花がきれいに片付けられているのを見て、寂しい思いがしました。
地元住民は「コックスさんは孤独な頭のおかしな男に殺された。国民投票は関係ない」「コックスは多様性をもたらす移民は大切と訴えたが、地元の気持ちからは随分、離れていた」「移民が増えると年金や医療、教育の負担が増える。移民は英国人が嫌がる仕事だけをしていればいい」と口をそろえて訴えました。
殺害現場となったコックスさんの選挙区は離脱に投票しました。殺害現場のすぐそばを右翼の街宣車が通り抜け、イングランドの価値観を強調して行きました。コックスさんは「頭のおかしな男」に殺されたのではなく、EU国民投票が呼び覚ましたアイデンティティー・ポリティックスの犠牲になったという思いを改めて強くしました。
英国の離脱で困るのは実はEU
EU離脱派のキャンペーンを主導したジョンソン外相が「離脱に法定の2年もかからない」という楽観的な見通しを示したのには理由があります。まずEUへの拠出金を見てみましょう。
15年の純拠出金では、英国は139億5200万ユーロで、ドイツの171億1200万ユーロに次いで加盟国の中では2番目の貢献国です。3番目のフランスは61億3800万ユーロで英国の半分にも満たないのです。
国民1人当たりの負担額では、英国は215ユーロで、オランダの331ユーロ、スウェーデンの262ユーロに次いで3番目で、ドイツの211ユーロを上回っています。英国が抜けると、その穴を埋めることになるのはドイツでしょう。EUにぶら下がらずに貢献している国は28カ国中、英国を含めて10カ国しかありません。
さらに英国とEUの貿易を見ると、英国はEU加盟国に対し、アイルランド、デンマーク、マルタ、エストニア、ブルガリア、フィンランドを除いて貿易赤字になっています。15年の対EU貿易赤字は685億ポンドです。
英国内の世論調査結果を見ると、旧共産圏のEU新規加盟国からの低賃金出稼ぎ移民に規制をかけ、EU拠出金を減額しないことにはEU離脱に投票した英国の有権者は納得しません。次の総選挙を考えるとメイ首相も絶対にこの2点は外せません。
「EUは英国のわがままに疲れ果てた」というような見方をする人もいますが、EUにとって英国は「旦那さん」のように有り難い存在です。
英国が「人の自由移動」を認めないのなら「財・資本・サービスの自由移動」は許さないと息巻いて、域外関税を英国にかけて困るのは実はEU側なのです。来年に選挙を控えるフランスとドイツの対英国貿易黒字はそれぞれ52億ポンドと255億ポンドです。企業から対英貿易を痛めないでくれと圧力がかかるのは必至です。
しかし、英国の国際金融街シティーに集中している金融サービスをめぐっては、英国と欧州中央銀行(ECB)、フランス、ドイツの間で凄まじいバトルが繰り広げられるでしょう。一方で、財の貿易でいがみ合うと、お互いが困るので意外と早く妥協が成立する可能性があります。
あまり英国を追い詰めて、拠出金を一切支払わないと言われたら困るのはドイツです。ドイツの輸出車を買っているのも英国です。カギを握るメルケル首相は離脱ドミノを防ぐため英国に甘い顔を見せないよう振る舞いながら「円満離婚」を望むはずという読みがジョンソン外相には働いているのかもしれません。
手堅いメイ首相はジョンソン外相のそうした甘い見通しをたしなめたのでしょう。
(おわり)