Yahoo!ニュース

トロツキストに乗っ取られる英国の労働党 中道左派はこうして消滅する

木村正人在英国際ジャーナリスト
英労働党党首選で再選を果たしたジェレミー・コービン(写真:ロイター/アフロ)

英国が欧州連合(EU)離脱を選択した国民投票をめぐり、強硬左派の党首ジェレミー・コービン下ろしが一気に激化した最大野党・労働党で党首選が行われ、24日開票結果が発表されました。コービンが対立候補の元影の雇用・ 年金相オーエン・スミスを大差で破り、再び党首に選ばれました。

コービンの得票は党員168,216票(スミス116,960票)、登録サポーター84,918票(同36,599票)、労組など関連団体サポーター60,075票(同39,670票)。合計では313,209票、得票率61.8%となり、スミス(193,229票、38.2%)に圧勝しました。

コービンは勝利演説で「保守党のメイ政権は新しい政府ではない。デービッド・キャメロンの右派政府の新しいバージョンに過ぎない。学校の隔離政策は間違っている。貧困レベルは許容できるものではない。富はもっと平等に分かち合わなければならない。労働党は政権を奪取できる」と述べ、格差解消と、メイ政権が復活させる方針を打ち出した11~12歳で子供たちに選抜試験を課すグラマー・スクール(公立進学校)を争点に政権を目指す考えを明らかにしました。

EU 国民投票で残留派が敗北したことをきっかけに、コービンがキャンペーンに渋々取り組んだのが敗因として、コービン下ろしが党内で一気に激化しました。影の外相ヒラリー・ベンをはじめ影の内閣20人が一斉に辞任。さらに172人の下院議員がコービンに不信任を突きつけました。コービン支持に回ったのはわずか40人です。

昨年の党首選で圧勝して党首になったコービンは辞任要求を拒絶したため、党首選がわずか1年で行われることになりました。昨年8月時点で労働党の党員は29万人、関連団体サポーター14万7千人、登録サポーターは11万人でした。

11月に党員数は38万人に達し、国民投票後の今年8月、党員は51万5千人にまで膨らむ異様な熱気を見せ、現在は55万人に達しているという報道もあります。

労働党全国執行委員会は混乱を避けるため、1月以降に入党した13万人には投票権を認めませんでした。25ポンドを払えば投票できるという制限を加えたところ、12万9千人が投票権を買ったとみられています。

この過程で浮上したのが「トロツキスト(世界共産革命主義者)」による労働党乗っ取り疑惑です。労働党の副党首トム・ワトソンが「トロツキー主義の偽装潜入(破壊活動を目的として組織に加盟)が労働党の若い党員を取り込んでいる」と警鐘を鳴らしました。

革命家トロツキー(1879~1940年)が唱えた「世界(永続)革命論」は、スターリン(1878~1953年)の唱える「一国社会主義論」に取って代わられました。

今回の労働党党首選で草の根極左運動「モーメンタム」がコービン支持で動き、副党首ワトソンは「トロツキストがモーメンタムの集会に潜り込んでいる」と指摘しました。

コービンは生産・輸送手段だけでなく、銀行の国有化も唱え、労働党を中道寄りから強硬左派へと急旋回させようとしています。これまでの政治支配に否定的な若い党員やサポーターが急激に膨らんだことから、これまでの労働党は崩壊の危機に直面しています。

ブレア、ブラウン労働党政権のニュー・レイバー(新しい労働党)が主導した市場主義、イラク戦争への反発からスコットランドで労働党は瓦解します。労働党が政権を奪取できる可能性は今やスコットランドの地域政党・スコットランド民族党(SNP)との連立を模索しない限り、あり得ないと断言できる状況です。

反グローバル主義者のコービンは欧州の経済統合には反対の立場です。EEC(欧州経済共同体)加盟をめぐる1975年の国民投票では離脱に投票し、EUを創設するマーストリヒト条約やEU基本法(リスボン条約)の批准にも議会で反対票を投じています。米国との環大西洋貿易投資協定(TTIP)にも反対です。

日本では中道左派の民主党が瓦解し、安倍晋三首相の1強時代が到来しています。英国では最大野党の労働党が崩壊し、保守党1党が政治を支配する事態が出現しています。急激な政治の保守化と左傾化の同時進行が世界中で起きています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事