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「嘘つき政治」の勝者は? ヒラリーVSトランプ最終決戦

木村正人在英国際ジャーナリスト
TV討論会で対決するヒラリーとトランプ(写真:ロイター/アフロ)

悪あがき 薬物検査求めるトランプ

米大統領選の民主党候補ヒラリー・クリントンと共和党候補ドナルド・トランプによる最後のTV討論会(3回目)が10月19日にラスベガスで開かれます。米データ分析サイト「538」によると、ヒラリーが大統領になる確率は88.1%、トランプは11.9%。9月26日の第1回TV討論会(それまでヒラリー54.8%、トランプ45.2%と接近していた)を境に差は大きく開いています。

「女性の下半身なんかすぐ触れる」と自慢げに語った女性蔑視発言が暴露され、支持率の下げが止まらないトランプは、ヒラリーが討論会で薬物を使用したとして、「スポーツ選手には薬物検査が義務付けられている。大統領候補にも必要だ」と新手のヒラリー攻撃を始めました。往生際の悪さだけが目立つトランプですが、米選挙サイト、リアル・クリア・ポリテックスを見ると、それでも42%近い有権者がトランプを支持しています。

グーグルニュースがこのほど「Fact Check(事実確認)」タグを導入すると発表しました。欧州連合(EU)からの離脱を選択した英国の国民投票や、米大統領選で事実に基づかない政治家の発言が相次いでいることと深く関係しています。基本的な事実関係についてコンセンサスのない社会では健全な民主主義は機能しません。

グーグルニュースでは「In-Depth(詳しい記事)」「Opinion(意見)」「Wikipedia」「Local Source(現地のニュースソース)」といったタグを使って、注目度の高いニュースを多角的に読めるようになっています。Yahoo!ニュースでは、ニュースを多角的に掘り下げる機能がさらに充実しています。

ロシアや中国のプロパガンダも横行しています。インターネットやソーシャルメディアの発達で真偽がはっきりしない情報が主要メディアのフィルターを通さずに氾濫するようになりました。

こうしたことから今や、政治家や候補者、報道や情報のデタラメをチェックする専門サイトが100以上も存在するそうです。グーグルニュースは、「Fact Check」のタグで英「Full Fact」などファクト・チェッキングを活発に行っている民間団体の記事にリンクを貼り、ニュースの読み方を深めていこうという狙いを込めています。

ここまで言うか トランプの嘘

EU国民投票での「トルコがEUに加盟したらイスラム系移民や難民が英国に押し寄せてくる(トルコのEU加盟は当面あり得ない)」「毎週3億5千万ポンドが英国からEUに運ばれている(還付金や補助金を差し引くと1億6千万ポンド)」という離脱派の歪曲もひどかったですが、トランプの嘘とごまかし、扇動にはとてもかないません。

これまでのトランプのデタラメ発言を拾ってみましょう。

「オバマ(米大統領)は米国生まれではない」

「オバマは自らの出生の秘密を隠すため、400万ポンドもの法的費用を使った」

「オバマの出生疑惑を言い出したのはヒラリーだ」

「ニュージャージー州のイスラム教徒数千人が米中枢同時テロを祝福した」

「父親から少額のお金を借りてビジネスを始めた(実際には4千万ドルを相続)」

「Post-Truth Politics」という言葉が英米メディアをにぎわすようになりました。「真実後の政治」と訳されることが多いようですが、「嘘つき政治」か「真実なき政治」の方がピッタリするような気が筆者にはします。じゃあ「真実の政治」がこれまであったのかというと、イラク戦争の大義となった「大量破壊兵器」は見つからず、スエズ動乱でも、ベトナム戦争でも政治指導者は真っ赤な嘘をついてきました。

トランプのツイッターのフォロワーは1250万人を超えています。フェイスブックやツイッターといったソーシャルメディアの普及で政治家の嘘がまかり通るようになったという解説をよく目にします。「嘘も百回言えば真実になる」と言われる通り、トランプが繰り返す嘘を支持者は本当と信じ込んでいるのかもしれません。

「嘘つき政治」は古代アテネからあった

古代ギリシャの時代から民衆の欲望や恐怖心につけ込むデマゴーグはありました。トランプはアテナイの煽動政治家と同じで、決して新しい現象ではないのです。民主主義の中心は民衆であり、民衆の欲望を満たし、恐怖心を煽って権力を握ろうとする扇動政治家はいつの時代にも現れます。

もちろん有権者1人ひとりがグーグルニュースのFact Checkのような機能を利用してニュースリテラシー(ニュースの読解力)や情報リテラシーを高めていくことは重要です。しかし、EU国民投票をめぐる英経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)の報道を読んでいて、彼らの主張が全面的に正しいのかと言えば、筆者にはそうは思えません。

FT読者の世帯収入は日本円にして約2900万円(在英ジャーナリスト、小林恭子氏)だそうです。それぞれの新聞は読者層のニーズに合わせて紙面を作っています。FT紙の主張が英国の民意を反映しているわけではないのです。

EU離脱交渉の大きな争点の一つに、国際金融都市シティーの権益をどこまで守れるかということがあります。FT紙にとってシティーの権益保護は最優先課題で、移民規制で英国は妥協すべきだという視点で紙面が作られています。しかしEU離脱決定の発火点は、シティーや米ウォール街のカジノ金融資本主義が引き起こした世界金融危機のツケが何の罪もない庶民に回されたことにあります。

またいつか金融危機は起こります。そのとき、再び、金融機関の資本増強や景気刺激策を税金ですることに賛成する有権者が一体どれぐらいいるのでしょうか。ヒラリーの「グローバリズム」より、トランプの「アメリカニズム」を支持する有権者が多いのには理由があるのです。

筆者はEU離脱交渉で、英国はシティーの規模縮小を受け入れるとみています。ホットマネーが流入し続けることが英国の庶民にとって幸せかと言えば、そうではないからです。

日本経済新聞も、法人税の引き下げについては熱心に報道しても、英国の生活賃金導入については全く反応しません。日経の読者は企業経営者や正規雇用の社員が多いからでしょう。ソーシャルメディアに批判的な目を向ける主要メディアにしても「半分の真実」しか伝えていないのが現状です。

民意を反映しなくなった米英の二大政党制

なぜ、英国と米国で「嘘つき政治」がこれだけ顕著になったかというと、両国の二大政党制と関係しています。米国では民主党と共和党、英国では保守党と労働党が政治を支配し、それ以外の選択が難しくなっています。米国でトランプやサンダースが旋風を起こし、英国でスコットランド民族党(SNP)や英国独立党(UKIP)が台頭したのは、自分たちの声が政治に反映されていないと感じる人が増えてしまったからです。

米国にも英国にも現在の仕事や生活に行き詰まりを感じ、未来を描くことができない有権者が増えています。そうした有権者を「衆愚」と切り捨てるのではなく、どうして彼らがそういう心理状況に陥っているのかを理解することから始めなければ、政治も報道も始まりません。

グルーバル化とデジタル化で貧富の格差は縮まるどころか、広がっています。いったん落ちこぼれてしまうと、格差は世代を経てさらに拡大していきます。この流れを逆転させる知恵が政治には求められています。

今、英国には二つの英国が、米国には二つの米国があります。富者だけでなく貧者にも、正社員だけでなく非正規雇用の労働者にも、公平かつ公正に資本主義を機能させる新しい物語を作っていく必要があるのではないでしょうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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