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出るに出れない英国のEU離脱 混迷さらに 早期解散・総選挙も

木村正人在英国際ジャーナリスト
苦境に立たされたメイ首相(写真:ロイター/アフロ)

英国の高等法院は3日、保守党のメイ政権が欧州連合(EU)に対し離脱交渉の開始を正式に通告する前に議会の承認を受ける必要があるとの判断を下しました。メイ政権は離脱交渉を通告するのに議会の承認は必要ないとの立場で、高等法院の判断を不服として最高裁に上告しました。これでEU離脱をめぐる戦いは第2ラウンドに突入しました。

日本では国民投票のEU離脱決定で残留派と離脱派のバトルは決着したように思われているかもしれませんが、議会VS政府、ソフトブレグジット(単一市場に残留)VSハードブレグジット(単一市場からも離脱)という第2ラウンドは次第に激しさを増しています。高等法院の判断は第2ラウンド開始のゴングを鳴らしたとも言えます。

下院はEU残留派が圧倒的多数を占める(出所:BBCデータで筆者作成)
下院はEU残留派が圧倒的多数を占める(出所:BBCデータで筆者作成)

万能に近い権限が認められている下院は、EU離脱派が多かった国民投票の結果と異なり、残留派が多数を占めています。英国の主権は歴史的に間接民主制の議会(議会主権)にあり、国民投票で投票権者がEU離脱を選択したとしても、メイ首相に交渉の全権を白紙委任したわけではないと残留派の市民活動家は高等法院に訴えました。

キャメロン首相が辞任した後、保守党党首に選ばれたメイ首相は総選挙の洗礼を経ていません。高等法院は市民活動家の主張を全面的に認めました。

この判断で、国民投票で示された意思(直接民主制、国民主権)と、総選挙で選ばれた下院議員による議会(間接民主制、議会主権)が真正面から衝突した格好です。筆者は最高裁も高等法院の判断を踏襲する可能性が強いとみています。

最高裁でも政府が負けた場合、メイ首相は来年1~3月末までにEUに離脱交渉の開始を通告する前に議会の承認を取らなければなりません。しかし下院の多数派はEU残留派で、保守党から造反が出れば、承認手続きが暗礁に乗り上げてしまう状況は避けられないでしょう。

EU離脱交渉の開始という重要な政策が進められなくなったら、メイ首相は国民の信を問う必要が出てきます。伝家の宝刀は下院の解散・総選挙です。しかしメイ首相は就任以来、EU離脱手続きを優先させるため「解散・総選挙」を否定してきました。

ロンドンを除いたイングランド地方の大半は離脱派です。しかも最近の世論調査で保守党は最大野党・労働党を最大で18ポイントも引き離しています。解散・総選挙になればEU離脱の方針を明確にしている保守党が大勝するでしょう。有権者は自分たちの意思に反してEU残留を無理強いしようとする労働党を厳しく罰する可能性が強いからです。

世論調査は保守党が圧倒的にリード(出所:各種世論調査をもとに筆者作成)
世論調査は保守党が圧倒的にリード(出所:各種世論調査をもとに筆者作成)

しかし、その前に立ちはだかるのは2011年議会期固定法です。

10年に保守党が自由民主党と連立を組んだ際

(1)議会期を固定

(2)これまで議会の解散権は首相が有していたが、放棄する

(3)議会が自主的に解散を決める場合は3分の2以上の賛成が必要

(4)伝統的な政府不信任権を制定法で定め、可決には過半数を必要とする(当初55%ルールが提案されたが、その後、不信任決議案が可決されたら直ちに解散という憲法慣習が損なわれるという理由で取り下げ)

と明記しました。

現状で3分の2以上の賛成を得て解散というのはあり得ません。しかし政府不信任を可決して解散する手はあります。さらに保守党と自由民主党の連立政権が終わった今、あまり意味がなくなった11年議会期固定法を破棄して、首相の解散権を取り戻して解散するという荒業があります。

EU離脱という難事業を進めるためにはメイ政権は政権基盤を強化する必要があります。政府が議会に相談しながらEU離脱手続きを進めるのが理想ですが、与野党が激しく対立する政治はそれほど甘くありません。政府と議会の対立が二進も三進もいかなくなったら、メイ首相は憲政の常道として下院の早期解散・総選挙に踏み切らざるを得なくなるでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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