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死者5千人突破 1日14人の難民飲み込む地中海 欧州に漂着する子供の9割は孤児

木村正人在英国際ジャーナリスト
リビア沖で救助されたシリア難民の少女(写真:ロイター/アフロ)

紛争や弾圧を逃れてゴムボートや木造船で地中海を渡り、欧州を目指す途中で死亡したり行方不明になったりした難民の数が今年、5011人に達し、過去最高になったことが国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の調べで分かりました。

出所:UNHCR資料を筆者加工
出所:UNHCR資料を筆者加工

UNHCRが地中海を渡る難民の状況をまとめたデータをグラフにしてみました。地中海を渡る難民数は減っているのに犠牲者数が増えていることが一目瞭然になります。

出所:UNHCRデータをもとに筆者作成
出所:UNHCRデータをもとに筆者作成

シリア内戦の激化と長期化に端を発した昨年の難民危機に比べると、地中海を渡る難民数は激減しています。

出所:UNHCR資料を筆者加工
出所:UNHCR資料を筆者加工

トルコからギリシャに渡る難民が今年3月の欧州連合(EU)・トルコ合意でほぼシャットアウトされました。ハンガリーやバルカン諸国で難民流入を防ぐため有刺鉄線フェンスが張り巡らされ、さらに国境管理も強化されました。

ギリシャへの難民流入は15年の85万6723人から今年はこれまでのところ17万3130人に抑えられています。15年10月には月間21万1663人に達した難民流入数は今年10月には月間2970人にとどまっています。

しかし、北アフリカ、「アフリカの角」と呼ばれるソマリアやエチオピア、ナイジェリアから地中海を渡ってイタリアを目指す難民は13%も増えています。今年、イタリアにたどり着いた難民17万9747人のうち16%が子供です。

トルコからギリシャの島々に渡るのは距離も近く、密航するゴムボートに20人、木造船でも35人ぐらいしか乗っていませんでした。それに比べて北アフリカからイタリアを目指す航路は数百キロメートルに及び、木造船に130人、ひどい時は300~700人が乗船していることがあります。

イタリア沿岸警備隊や医療支援団体「国境なき医師団」、子供支援団体「セーブ・ザ・チルドレン」などが捜索・救助活動に当たっていますが、活動範囲は23万2千平方マイルと非常に広く、密航に使われる木造船も浸水しやすいオンボロ船が増えているため、非常に危険です。

今年前半だけでも40人以上死亡する遭難事故が12件、200人以上が亡くなった事例は4件もありました。

UNHCRによると、今月22日に地中海でゴムボート2隻が転覆し、約100人が死亡しました。「国境なき医師団」は同日、地中海で112人の男女や子供を救助したとツイートしています。

冷たい雨の中、地中海を渡る難民が救出される様子が撮影されています。

難民が危険を冒して海を渡らないで済むよう難民の出航地点のリビアやトルコなど第三国で審査を行った上で、定住先のEU加盟国を決めて移送する「安全な通り道」を構築できれば、難民の犠牲者を劇的に減らすことができます。

しかし、EU内で意見が対立、国際社会の協力も得られず実現できないのが現状です。フランス、ベルギー、ドイツで大型テロが相次ぎました。難民認定申請者が犯行に関わっていたケースもあり「救いの手を差し伸べたのにテロを起こされてはかなわない」と難民に対する風当たりはますます厳しくなっています。

難民が地中海を渡るルートは、リビアなどアフリカ北岸からイタリアを目指す中央ルートが主流でしたが、シリア内戦の悪化で15年、トルコからギリシャに渡る東ルートが急増し「第二次大戦以来の難民危機」と大きなニュースになりました。東ルートの国境管理が強化されたことで中央ルートが再びクローズアップされた格好です。

UNHCRによるとイタリアに渡る難民の出身国は10月時点でナイジェリア3万3808人、エリトリア1万9288人、ギニア1万1134人と、バングラデシュの7327人を除くと、大半がアフリカからです。

15年、難民孤児1万人が欧州で行方不明になっており、どこにいるのかまったく分からないそうです。旅の途中、殴られたり拷問を受けたり、性的な虐待を受けたりしている難民孤児の事例が多く報告されています。

難民の密航拠点になっているリビアは国家分裂状態にあり、過激派組織ISの台頭を招いています。リビアがこんな状態では、難民の安全を確保するため密航を抑制して、定住先を振り分けることはとても期待できません。

16万人の難民をEU加盟国に振り分ける割当制度が15年9月に合意されていますが、イタリアから振り分けられる予定の3万9600人のうち1489人(目標の3.8%)しか実行されていません。

EUは難民受け入れ策の見直し、アフリカの民主化、経済支援など包括的な対策が求められていますが、EU解体、反難民を主張する極右政党の台頭でとても手が回りそうにありません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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