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【英議会テロ】テロリストのブートキャンプと化した刑務所 しかし「イスラム国」は凋落の一途

木村正人在英国際ジャーナリスト
英議会テロの犠牲者を悼むロンドン市民(トラファルガー広場、木村史子撮影)

民主主義が狙われた。ロンドンのウエストミンスター(日本で言う国会議事堂)で22日、車を暴走させる無差別殺戮で犯人の男を含む5人が死亡、40人が負傷したテロ。警官に射殺された男は2度、暴力事件を起こして服役し、かつて「暴力過激主義」に関係しているとして情報機関にマークされたこともある要監視人物でした。

閉鎖された英議会周辺(23日、木村史子撮影)
閉鎖された英議会周辺(23日、木村史子撮影)

英メディアの報道を総合すると、男は英イングランド西部ウエスト・ミッドランズで暮らしていたハリド・マスード(52)。イスラム過激派のテロリストとしてはかなり年を食っています。

シンクタンク「ヘンリー・ジャクソン・ソサイエティ(HJS)」が1998~2015年にイギリスで有罪になったり、自爆したりしたイスラム過激派269人を調査した報告書「イスラム過激派のテロ」によると、最も共通していた逮捕時の年齢は22歳でした。

HJS報告書より
HJS報告書より

全体の72%がイギリス国籍。93%が男で、女はわずか7%。55%が家族と一緒か、家族の家で暮らしていました。47%は就労しているか、大学で勉強していました。76%が情報機関や警察に前からマークされ、44%がテロ組織と直接つながり、22%がテロリスト訓練キャンプに参加。26%が前にも有罪になったことがありました。マスードもこうしたプロファイルにぴったり当てはまります。

グーグルマイマップで作成
グーグルマイマップで作成

マスードはイングランド南東部ケントで「アドリアン・エルムズ」として生まれました。母親は白人で、父親は黒人です。彼の人生が暗転するのは00年7月、人種問題で口論になり、当時暮らしていたイングランド南東部サセックスの静かな村にある喫茶店のオーナーの顔をナイフで切りつけてからです。その村では黒人はマスードを含め2人しかおらず、村八分にされていたそうです。

その後、2年間服役。再び男の顔を刺して、さらに半年間服役します。マスードがイスラム過激思想に染まったのは服役中だとみられています。03年にサウジアラビアに渡航し、民間航空当局で職員の教育を担当し、2年間働きます。イスラム教に改宗し、バーミンガムのモスク(イスラム教の礼拝所)に通っていました。

先のHJS報告書でも269人のうち16%がイスラム教に改宗していました。

犯行前夜、イングランド南東部ブライトンのホテルで泊まった際、「明日、ロンドンに行く。ロンドンは昔のロンドンではない」と話していました。

ウエストミンスター橋に花を手向ける若者(23日、木村史子撮影)
ウエストミンスター橋に花を手向ける若者(23日、木村史子撮影)

3人の子供の父親であるマスードはもはやテロに関係する心配はないとして要監視人物のリストから外されていました。メイ首相は下院で「テロ犯はイギリス生まれで、数年前には暴力過激主義に関連して調査対象の周辺にいた男だ。しかし、それは過去のことで、現在は情報機関のリストからは外されていた。これまでにテロを企てていた形跡はなかった」と説明しました。

英キングス・カレッジ・ロンドン大学過激化・政治暴力研究国際センター(ICSR)の報告書によると、ジハーディスト79人を対象に分析した結果、68%に軽犯罪歴、65%に暴力歴がありました。30%近くは銃器を扱った経験を持ち、57%が刑務所に服役していました。

イスラム系移民ゲットー(マイノリティーが集中する居住区)、下層階級、犯罪者がテロリストをリクルートする格好のターゲットになっており、中でも閉鎖空間の刑務所は聖戦思想を吹き込むテロリスト養成のブートキャンプになっているのが実態です。

マスードは宗教に関した議論になると、みるみる目つきや表情が厳しくなり、人が変わったようになったそうです。

15年11月のパリ同時テロのあと、次の標的はイギリスだと宣言していた過激派組織IS(イスラム国)は「マスードは我々カリフ国(預言者ムハンマドの後継者に統治される国)の兵士の1人だ。我々を攻撃する有志連合の国々の人々を狙うよう求める要請に応える作戦を実行した」と犯行声明を出しました。

ICSRのチャーリー・ウィンター上級研究員は「過去数カ月間、ISは洗練されていないものの、大きなインパクトを与えることができる同様の無差別テロを欧州やその他の地域で実行に移している。サラフィー主義のジハーディスト(聖戦主義者)による脅威は世界中で広がっている」と分析しています。

「しかし、その一方でISは15年半ばから領土を減らしています。かつては男や女も子供も洪水のようにISに流れ込んでいましたが、今では雫に過ぎないレベルまで減っています。数十人の指導者が殺害されました。プロパガンダを見てもISの凋落は顕著になっています」

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動画や写真、テキストなどプロパガンダのコンテンツ量がピーク時の15年夏(892件)に比べて、今年2月は570件と約36%も減っています。コンテンツが作られている場所は、ISが拠点とするイラクとシリアが中心で、ISが主張するように拠点が世界中に広がっているわけではありません。

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さらにプロパガンダの主題に注目すると、イスラム国建設という「ユートピア」に焦点を当てたものが15年には53%を占め、戦争を扱ったコンテンツは39%でした。しかし今年に入ってからは戦争ものが80%で、ユートピア関連はわずか14%まで激減しています。

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イラクやシリアでISが追い込まれているのと反比例するように、銃器や手製爆弾ではなく、車を使って通行人の列に突っ込むというお手軽でインパクトの大きい無差別殺戮をISが一匹狼テロリストに促す傾向が強まっています。

IS最期の悪あがきとも言えますが、こうしたテロは事前にキャッチして防ぐのが非常に難しいだけに、ホスト社会とイスラム社会の間に心理的な亀裂を入れる効果は絶大と言えるでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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