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「消費者」になった親が子どもをつぶす?(2)お金と重圧、ケガの関係

谷口輝世子スポーツライター
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前回は自主的な活動である子どものスポーツの場で、一部保護者の「悪質な顧客」のような振る舞いが、ボランティアコーチや審判などの人的資源を食いつぶしてしまうリスクについて書いた。

「消費者」になった親が、子どもと指導者をつぶす?(1)

では、子どものスポーツの場を自主的なものからビジネスに移行させるとどうなるのだろうか。保護者がお金を支払って気兼ねなく「消費者」になり、子どもを送り出すことができれば、問題は解決するのだろうか。

当然のことながら、業者にお金を支払ってスポーツ活動に参加するという仕組みは、家庭の経済事情によって参加できない子どもたちを生みだす。機会不均衡の問題につながる。しかし、経済的に余裕があり、子どものスポーツにもお金を支払うことができる保護者ならば、「消費者」になる方がボランティア役員を引き受けるよりも気楽であるし、子どもにとってもより専門的な指導を受けられるというメリットもあるだろう。

ところが、米国では、お金と子どものスポーツの危険な関係も調査によって明らかになってきているのだ。

前回の記事で書いたように米国の小学生のスポーツは、ボランティアコーチによって成り立っている。これらのチームでは練習を毎日しているわけではない。ごく一部の超エリートチームを除いては、トライアウトをして編成している選抜チームでも、連日連夜練習しているわけではない。

だからといって、子どもたちは家でのんびり過ごしているというわけでもないのだ。各家庭や保護者の判断でプライベートレッスンを受け、夏休みなどの長期休暇中は、民間のスポーツクラブが有料で提供する週単位のグループレッスンや有料の合宿形式プログラムでトレーニングする。もちろん、全体練習ではないので、このようなレッスンを受けたくない場合は受けなくてもよい。

中学や高校の学校部活動はシーズン制のため、活動するのは3カ月程度。しかし、中高生もオフ期間中に民間が有料で提供する何らかのレッスンやトレーニングを受けていることが多い。オフ期間に個人で練習をしておかなければ、学校運動部のトライアウトでふるいにかけられ、希望する運動部に入ることさえできないこともある。

一言でいえば、米国の子どものスポーツでは「お金で個人練習や個人指導を買う」大きな市場ができているということだ。これは日本の子どもたちが学校の勉強を補ったり、先取りしたりするために、塾や予備校に通っているのと同じことだろう。受験のあるところ塾や予備校の需要があるように、スポーツでもトライアウトや奨学金獲得争い、プロ入り争いのあるところには、プライベートレッスンや特別トレーニングの需要がある。

ちょっとしたアドバイスでコツをつかむと上達するのは誰しも同じこと。有料のプライベートレッスンを受けることで、子どもたちが急激に伸びることもある。有料の合宿形式トレーニングに参加することで、有意義な長期休暇になることもある。

しかし、保護者が子どものスポーツにお金をつぎ込み過ぎると、子どもがスポーツをすることを楽しいと感じるよりもプレッシャーの方が大きくなることも指摘されている。

昨年、ユタ州立大のトラビス・ドルシュ(Travis Dorsh)教授が次のような調査を行った。

心理学者で元プロフットボール選手のドルシュ教授は、保護者に収入に対する子どものスポーツ関連出費額の割合と、子どものスポーツに対する気持ちなどを調べた。世帯収入に対するスポーツ関連出費の割合が上がると、子どもが楽しみよりも重圧を感じていることが分かったという。(注1 参考記事)

子どものスポーツにお金をかけ過ぎると、子どもに重圧をかけるだけでなく、ケガのリスクが高まるのではないかとも考えられている。

昨年、ロヨラ大メディカルセンターが子どものオーバーユース(使いすぎ)によるケガと家庭の経済状況との関係について調べた。

ここでは、掛け金の高いプライベートの健康保険に加入している子どものほうが、低所得世帯向け公的健康保険加入の子どもより、オーバーユースによる深刻なケガをしている割合が高いことが分かった。(注2 参考記事)

また、プライベートの健康保険に加入している子どものほうが、早い段階から一つの競技種目に絞っている割合が高いことと、練習時間もやや長いことが分かったという。

親は、子どもをよい指導者につかせ、質のよい練習と練習の量を確保しようとお金と時間を注ぎ込むと、どこかで見返りを求めてしまう。それが、子どもからスポーツをする楽しみを少しずつ奪い、子どもが身体の痛みやつらさを感じても訴えにくい雰囲気を作ってしまっているのではないか。

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筆者は昨年末にミシガン州立大ユーススポーツ研究所のダン・グールド教授にこんな話を聞いた。昔は子どもがプロスポーツ選手になると、周囲はその親御さんにラッキーでしたね。と声をかけていたのですが、このごろは、あなたはよい親として頑張られたという話になるようです、と。

運動能力のある子どもを持つ保護者ほど、出遅れてはいけないと親自身も重圧を感じているのかもしれない。そして、親としてできるだけのことをしてやらなければいけないと感じ、お金や時間をつぎ込むことにつながり、見返りを求めることにつながっていくのではないか。

保護者が子どもを高価なレッスンや合宿の場に送り出すときには、幼いうちから重圧やオーバーユースのリスクにさらしていないか十分に注意を払わなければいけないだろう。

一定の年齢に達した子どもとならば、家計も公開し、どのくらいをスポーツに関して出費するのか予算についてもよく話し合ってもいいのではないだろうか。

今後、日本の学校部活動にも民間業者の指導者に入ってもらうことや、部活動そのものを学校外に出し、習い事としてのスポーツとして民間業者が受け皿になることも検討されるかもしれない。そのときには、保護者の支払うお金の額が、保護者の期待と子どもたちの心身にどのような影響を与えるのかも調査し、議論される必要があるだろう。

注1The Problem for Sports Parents: Overspending

注2Serious Overuse Injuries Linked To Athlete's Socioeconomic Status Read more: http://www.momsteam.com/health-safety/young-athletes-from-higher-income-families-more-likely-suffer-serious-overuse-injuries?page=0%2C1#ixzz3Yu09OL8o

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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