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予防効果は?世界の育成との差は?賛否が入り交じる米サッカー協会の10歳以下ヘディング禁止令

谷口輝世子スポーツライター
(写真:アフロ)

米サッカー協会は9日(日本時間10日)、10歳以下の子どものヘディングを禁止し、11歳から13歳までの子どものヘディング練習を制限すると発表した。脳震盪や脳へのダメージを防ぐためだ。

このヘディング禁止規則は、米サッカー協会傘下のユースナショナルチーム、米プロサッカーのMLSユースクラブチームを含むアカデミーで適用される。米サッカー協会以外のチームでは推奨されるにとどまる。

米国ではここ10年ほど、アメリカンフットボールを中心にスポーツ活動時における脳震盪の危険がクローズアップされてきた。

2009年にワシントン州で子どもの脳震盪に関するライステッド法が成立。スポーツ団体や学校が、子どもと保護者に脳震盪に関する情報を提供することを義務付け、脳震盪を起した場合はただちに試合や練習から外し、資格のある医療従事者の診察を受けてから復帰することなどを義務付けたものだ。現在では、各州によって詳細は異なるものの、全米50州で子どもの脳震盪に関する法律が成立している。頭部外傷を防ぐ。米国ライステッド法と全柔連の動画投稿。

米国内のこのような背景にも後押しされるかのように、2014年には米サッカー協会を相手取り、少年少女選手の保護者団体がヘディング回数を制限することなどを求めて、訴訟を起こしていた。今回の米サッカー協会のヘディング禁止と制限規則はこの裁判がきっかけとなっていて、規則発表と同時に訴訟問題も解決されたのだ。

賛成、反対、疑問の声

米サッカー協会の10歳までのヘディング禁止と13歳までの練習制限について、米国でも賛否両論、意見が飛び交っている。主な内容を4種類に分けて紹介したい。

賛成。米男子サッカーの元代表選手で、自らが度重なる脳震盪のために苦しんだテイラー・トウェルマンは、今回の禁止について自身のツイッターで賛成を表明している。

反対。反対意見の多くは、アメリカンフットボールや野球とは違い、サッカーが米国内だけの競技ではなく、国際大会での競争力が注目されていることから、今回の決定によって将来的に競技力が他国に比べて劣っていくことにつながると懸念する声だ。

そもそも論。10歳に達していない幼い子供に、脳にダメージを起すほどのヘディングを繰り返しやらせることや激しい空中戦を引き起こすような競技志向のサッカーをさせていることが問題だという意見。

技術・戦術論。ヘディング禁止によって10年から15年後にはより足技に優れた選手が出てくるのではないかという推測を述べている。

このほかに11歳から13歳まではヘディングの技術練習をしたうえで、ゴールエリア内のみヘディングに可能にするのはどうだろうかという提案もあった。それに、11歳から13歳までのヘディング練習は制限されているが、試合に関しては制限に触れていないため、練習は制限されているのに試合では使い放題なのかという声も出ている。

予防効果はいかに。スポーツ医学の観点から

スポーツ医学の専門家は10歳以下のヘディング禁止、11-13歳までのヘディング練習制限が実際に、脳震盪防止にどれだけ効果があるのかを疑問視する意見も出している。年齢制限規則によって、どれだけケガを予防できるのかの効果を示す研究結果がまだまだ不足していることも事実だ。

米国のスポーツ医学分野では、今回の禁止発表の前から子どものサッカーと脳震盪については調査と議論がなされてきた。

米国小児科学会スポーツ医学フィットネス委員会は2010年に臨床レポートを発表し、単純に年齢制限をするのではなく、子どもが技術指導を理解できる年齢で適切なヘディングの技術を学ぶ重要性を挙げた。頚部と頭部の協調した使い方を発達させ、体幹から頸部の筋肉を収縮させ前額部でボールと触れる技術を向上させるというものだ。Injuries in Youth Soccer

別の研究者は頚部の強さと脳震盪の発生には関連があることを調査結果から指摘している。

例えば、今回の規則でいえば、14歳になったからと言ってヘディングの制限を解除することよりも、頚部の強さが発達しているかに注意を払い、適切な身体の使い方を学んだかを前提に、ヘディングするべきだという考えだろう。

また、ボストン子ども病院の医師は数年前に、年齢が高くなると、子どもたちはより強いボールを蹴るようになり、その時点で初めてヘディングをするというのはどうだろうかと疑問を投げかけている。それ以前の時期に柔らかい小さいボールでヘディングの技術を学ぶ方法も考慮すべきだとしている。

前述したように、こういった制限が脳震盪や脳のダメージの防止にどれだけ効果があるかは今後の調査を待たなければいけない。新しい研究結果次第では規則が変更されることもあるだろう。

今回の発表はひとまず集団訴訟を決着するために大まかに制限をし、規則として義務づけたという感がある。

しかし、リスクを覆い隠さず、脳へのダメージや予防策が研究調査され、議論される大きなきっかけになるはずだ。少年少女選手の安全と同時に競技性を維持していくという両立を模索するにあたって動き出したと言えるのではないか。

スポーツ医学面はこちらの記事を参考にした。Heading in Youth Soccer: The Debate Continues

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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