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組体操は禁止にするべきなのか。校内の鬼ごっこを禁止したり、脳震盪研究を進める米国から考える

谷口輝世子スポーツライター
フィリピンの子どもたちによる「ピラミッド」(写真:ロイター/アフロ)

運動会での組体操で重大なケガが発生していることから大阪市教育委員会では新年度から「ピラミッド」と「タワー」を禁止するという。朝日新聞2月9日電子版。「ピラミッド」禁止 大阪市教委、事故多発で

文部科学省でも安全対策に取り組むという。15日付の朝日新聞には次のような記事が掲載された。

馳浩・文部科学相は15日の衆院予算委員会で、運動会などでの組み体操で相次いでいる重大事故について「1件でもあってはならない」と述べた。年度内に組み体操の事故防止に向けた方針を示す考えも改めて表明。安全対策に取り組む姿勢を強調した。

年度内に過去の事故を分析し、どう対応するかを最終的に判断するとしている。

筆者は人数や高さを競う巨大な組体操はケガのリスクが大きいので反対だ。子どもの演技によって、保護者や見る人に感動を与えるという趣旨は個人的に大嫌いである。他の人も指摘されているように「一体感」や「達成感」を得ることはピラミッドやタワー以外でも代替できる。

しかし、大阪市教育委員会が「中止」を通達したことには、もろ手をあげては賛成できない。

個々の学校に目の前の子どもたちが安全かどうかを判断する余地が与えられないからだ。

子供たちは、これから生きていくうえで誰かを背中におんぶして移動していかなければいけない場面に出くわさないか。

そのときに背負う人は上の人を落とさないように、上の人は頭から落ちないようにしなければいけない。

組体操でのケガの危険を指摘した医師によると、1メートルの高さでも、落下して頭部をぶつければ、医学的に頭蓋内損傷をきたすと言われているそうだ。

人を背負うことを学ぶ機会を、組体操の要素を通じて提供することも禁止の対象になるのか。

マットの上で3人組の2段ピラミッドを作ることによって、自分の身体で、誰かの身体を支えることを学ぶことも放棄しなければいけないのか。3人組で全員が土台と上段を経験するのはどうだろうか。

以前、筆者が記事にまとめたように米国ではごく一部の学校でドッジボールを禁止したりしたり、ケガをする危険を理由に校内での鬼ごっこ遊びを禁止したりしている学校がある。

ここでは子どもたちや子どもと教員の間で、どのようにしたら大きなケガをすることなく遊べるかという工夫の余地はない。鬼ごっこのなかで、走っている友達をどんなふうに押してしまえば危ないのか、走っている高学年の子どもが、他の遊びをしている低学年の子どもにぶつからないためにはどうしたらいいのか。子どもたちにはこれを考える機会がない。

一方で、米国ではプロアメリカンフットボール選手が脳震盪の後遺症に苦しんでいることが明らかになったが、アメリカンフットボールそのものは禁止されていない。米国で最も人気のあるスポーツであるアメリカンフットボールは「危ないから」という理由で禁止することは社会に受け入れられないし、競技団体がすぐさま反論することになる。

しかし、脳震盪防止の対策と研究がものすごい勢いで進められている。アメリカンフットボールやコンタクトスポーツを廃止しないという前提で進められているものが多いようだ。

もちろん、アメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツをやるか、やらないかは個人の判断であり、全員参加の組体操とはこの点が大きく違う。

今、研究結果が明らかになりつつあるのは以下のような内容だ。

どのようなタックルであったら重大なケガを防ぐことができるのか。頭への衝撃を防ぐ技術を身に着けるにはどのような方法があるのか。練習中と試合ではどちらが頭部への衝撃を受けやすいのか。練習時間を短縮することで頭をぶつける回数を減らすことができるのか。脳震盪になりやすい選手とそうでない選手の身体的特徴に違いはないか。頚部の強さに関係はないか。

米サッカー協会の10歳以下ヘディング禁止は脳震盪の予防に効果があるのか。ヘディングよりも選手同士がぶつかることを防ぐほうが効果があるようだということが発表されている。

現場の指導者や研究者が「どうすれば、ケガを防ぐことができるか」を考えて、調べて、これを共有しようと発表している。

この姿勢はスポーツはもちろん、様々な事柄を考えて行動するために必要なものだろう。

各学校や教育委員会がピラミッドの段数とタワーの高さを制限することも大けがを防ぐ一つの方法であると思う。各学校が子どもたちの様子から組体操はケガのリスクが大きいので実施しないと決断するのも大いにアリだろう。

それ以外にも、どのようにすれば大けがを防ぐことと組体操を通じて身体操作を学ぶことを両立させられるのかについても調査する必要があるのではないか。

組体操から高さ、一体感、達成感、感動を取り去った上で、子どもが学ぶことができる身体の使い方はどのようなものか。

高さや人数にこだわらなくても子どもたちが身体操作を体験できるのはどのようなものか。落下のリスクを見越して、マット上でやることによって大けがは軽減できるのか。ヘルメットを着用するのはどうだろうか。ケガをする子どもとケガをしない子どもの身体に体幹の強さなどのちがいはないか。

文部科学省は年度内までにケガを分析し、対応の方針を明らかにするようだ。しかし、その方針が決まった後でも、それがケガの防止にどの程度貢献しているのかも含めて、引き続き調査していく必要はあるのではないか。

どのようにすれば組体操の事故を防ぐことができるかを調査するのはお金と時間がかかるので、手っ取り早く「中止」にすることで事故を防ぐことが現実的な対応という意見もあるかもしれない。脳震盪の研究には、プロスポーツ団体などからも資金が出ていることは事実だ。

お金と時間のかかる研究調査以外でも、日々、子どもたちを指導している教員が安全なやり方を工夫して、子どもに一人の人間の身体を支えたり、支えられたりすることを体験させることはできるのではないか。

私は、ごく一部の学校ではあるが、ドッジボールや鬼ごっこを禁止する米国に住んでいる。私の近くの公立校にはこのような禁止事項はないが、子どもの安全のためにさまざまな禁止事項がある社会で暮らしている。

大人と子どもが安全に関する情報を与えられることは有効だと思う。しかし、そこで私が感じるのは、学校や親を含む大人たちは「目の前の子どもの安全」や「子どもの心身の成長」ではなく、「子どもの管理責任」に焦点を当てているのではないかということだ。

学校や子どもが使う施設、商業施設は「子どもの管理責任」が強く追求された結果、「子どもの管理責任」を問われないように、遊びや子どもだけでの行動を「禁止」する。その「禁止」事項のなかには、「子どもの安全」や「子どもの遊ぶ権利」を守るよりも、「管理責任者」を守ることに重きが置かれているのではないかと疑問を持つものもあるからだ。

今回の大阪市教育委員会の組体操のピラミッドとタワーの禁止や文部科学省の対応が、このような目に見えない「本末転倒」につながらないようにと思っている。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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