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長時間練習、休日なしの練習は誰のためなのか。

谷口輝世子スポーツライター
(写真:アフロ)

ヤフーニュース特集に「部活顧問はブラック」署名運動までする教師たちの切実という記事が出た。

法令や条例ではないが、一部の学校で、教員全員が何らかの部活動顧問をしなければいけない「全員顧問制」という慣習があるそうだ。

記事によると、「全員顧問制」については、管理職である校長からの強い要求によって断れないこともあるという。好んで積極的に顧問を引き受けたい教員はよいのだろうが、そうでない教員にとってはやりたくない仕事になってしまう。

学習院大学の長沼教授が

現実に1人の先生が拒否したら、しわ寄せは他の教員に行く。あるいは一つの部が廃部になって子供たちが困る。だから(拒否を)言い出しにくい。

としているように、顧問を引き受けたくなくても断りにくい状況があるようだ。

「生徒のために」と言われると断りにくいのだろう。

顧問を引き受けたくない、引き受けられない教員側の理由は様々だろうが、引き受けたくないという理由の一つに、活動時間が長時間に及ぶことによる負担の大きさが挙げられている。

この記事中でも

運動部の顧問になった真由子さんは、第一に「時間」の負担を挙げる。平日は朝の練習で30分以上、放課後の練習は最大で1日2時間半ほど。土曜と日曜は試合があり、朝7時の集合から解散の午後5時ごろまで約10時間に及ぶ。

本来ならば、活動時間は顧問と部員である生徒によって決定するもの。自分たちで決めることのできる活動時間によって顧問をする教員が苦しめられるのはなぜだろうか。

校長や他の教員から強く依頼されるのかもしれない。

一部の保護者から強く依頼されるのかもしれない。

部員である生徒たちが、休みはいらないので練習をしたいと訴えるのかもしれない。

それらも「生徒のため」と言われると断りにくいのだろうか?

しかし、長時間練習の付き添いを強いる理由に「生徒のため」という大義名分は、使うことができないはずだ。真由子さんの述べられているような練習スケジュールを成長期の子どもがこなすことはデメリットがあるからだ。

全米アスレチックトレーナーズ協会(NATA)は子どもたちのオーバーユース(使いすぎ)によるケガを防止するために声明文を出している。過去の大量のデータを分析して導きだしたものだ。

それによると、6-18歳までの運動選手には、少なくとも週に1-2回は、競技的な練習や試合のない日を設けるべきである。指導者や大会管理者はこれに則ってスケジュールを組むべきである、としている。

また、米国のスポーツはシーズン制で行われてきた背景もあり、年間通じて同一スポーツをしている子どもには、1年のうち2ー3カ月はそのスポーツから離れるようにも薦めている。

スポーツの特定の技術を習得するために繰り返し練習をすることは、身体の特定の部位にばかり負担がかかることになり、痛みやケガにつながりやすい。

土・日・祝日も終日活動し、休みが全くない。平日も夕方遅くまで練習や試合をすることは、誰にとってメリットのあることなのだろうか。

顧問をする教員の声はニュース特集記事の通り。アスリートとしての生徒には疲労回復時間がないため、コンディションに悪影響が出るというリスクのほうが大きいのではないか。長時間休日なしの練習も「慣習でそうなっている」からなのか。校内の他の部活動の活動時間と足並みを合わせるためか、対戦相手校の練習時間が気になるからか。

スポーツ活動時の突発的なケガを完全に防ぐことはできないが、オーバーユースや疲労でコンディションが悪くなることは練習内容や時間を短くすることである程度は防ぐことができる。

ただし、「練習」ではなく、誰からも強制されることなく、疲れたら自分の意思ですぐに休むことのできる「遊び」であるのなら、オーバーユースによるケガのリスクは少なくなるとも言われている。

全体練習時間を減らし、自主練習をするにしても、全員参加形式ではなく、遊びや楽しみ範囲でやるのであればよいのではないか。

私は、子どものスポーツだから、気楽に休みながらやればよいとだけ考えているわけではない。

例えば、メジャーリーグの各球団やNBAでは、今、ウェアラブルデバイスを使ったデータ取得と解析、スポーツ医学によって、いかにケガを防いでいくかでしのぎを削っている。

メジャーリーグにとっては年俸十億円の選手がケガをして試合に出場できなくなることは、球団経営をしながら、勝利を追求するうえで大きな痛手になる。選手がケガなく、試合で最高のパフォーマンスを発揮することが、長いシーズンを勝ち抜くためのカギを握るからだ。そのため、選手の消費カロリーや運動量を記録しながら、適度な練習量を決めるなどしている。

中高生全員にウエアラブルデバイスをつけさせて、コンディション管理をすることは現実的ではないし、必要もない。けれども、よりよいパフォーマンスのための練習内容、練習量と疲労回復について、身体感覚と知識を用いて注意を払いながら、生徒と顧問の話し合いによって練習時間を決めたほうがよいのではないか。

エネルギーあふれる子どもといえども、休養日が必要なことを保護者も理解しなければならないし、全体練習後に余力があるのなら、オーバーワークにならないように気をつけながら保護者責任で子どもが遊びの延長として練習するという手もある。

部活動の顧問をする教員の精神的・身体的負担は、一部の学校での全員顧問制という慣習の問題が大きいのだろう。しかし、週末・祝日休みなし、平日も毎日2時間程度の練習という「ブラック労働」は、スポーツ医学の観点から顧問と部員で話し合い、スケジュールを決めることができれば「淡いグレー」ぐらいにはなるはずで、生徒の身体も守ることができるのではないか。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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