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脳の解剖を申し出たスター選手たち。スポーツ時の脳震盪は女子選手の方がリスクが高い。

谷口輝世子スポーツライター
脳の解剖を申し出た女子サッカー元米国代表アビー・ワンバックさん。(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

米国では、10年ほど前から、スポーツにおける脳震盪とその後遺症のリスクがクローズアップされている。

脳震盪リスクにこれほど注目が集まるようになったのは、アメリカンフットボールでプロ選手が頭部に衝撃を受けることを繰り返すことで慢性外傷性脳症を患ったり、高校生選手が脳震盪が回復しないまま試合に復帰し、さらに頭部に衝撃を受けたために重い後遺症に苦しんでいるケースが明らかになったからだ。

脳震盪はアメリカンフットボール、ラグビーのように激しい衝突を含むコンタクトプレーで発生しやすい。この他にもスケートボード、スノーボード、チアリーディングなど転倒によって頭部に衝撃を受けるスポーツでも起こる。

そして、男子選手よりも女子選手のほうが脳震盪のリスクが高いようだ、ということも分かってきた。。

米国の子どものサッカーでは女子の競技人口も多い。複数の調査で男子より女子のほうが脳震盪を起す割合が高いという調査結果が出ている。高校生選手を対象にした調査では、女子は男子よりも1.5倍以上の割合で脳震盪が起こりやすいとされている。

バスケットボールでも同様で男子よりも女子のほうが脳震盪を起す割合が高いという結果が出ている。

アイスホッケーでは、男子はボディチェックというコンタクトプレーがあるが、多くのリーグでは女子アイスホッケーでのボディチェックを禁止している。それにもかかわらず、アイスホッケー女子選手のほうが男子選手よりも脳震盪になる割合がわずかながらも高いのだ。調査の一例 ミネソタ州の高校運動部で種目・性別による脳震盪

今、考えられている理由としては、

女子選手は頸部が弱いからではないか。

ホルモンが関係しているのではないか。

女子選手のほうが男子選手よりも、正直に痛みや症状を報告しているからではないか。

などが挙げられている。

今年3月の女子アイスホッケー世界選手権で国際アイスホッケー連盟のモーリーン・グレース医師に、コンタクトプレーが制限されている女子アイスホッケーで、男子よりも脳震盪の発生率が高いのは、なぜかを聞いた。

モーリーン・グレース医師
モーリーン・グレース医師

「プレーの種類にちがいがあるのかもしれませんし、私たちもはっきりしたことは分かっていません。男子と女子とでは違いがあるということです」

最近はウェアラブルデバイスを着けて、頭部の衝撃を計測する機器が開発されているが、これらは脳震盪の診断に効果があるのだろうか。

「将来的には効果があるかもしれませんが、現時点ではまだ調査中といった段階でしょう。頭部に受けた衝撃の強さがそのままケガの軽重に関係しないこともあるからです」

女子選手の指導者や保護者はどのように対応すればよいのか。

「疑わしい場合、脳震盪の症状を訴えている場合には、まず、休ませて様子を見ることがベストの方法です。医師は診断することはできますが、子どもの様子を一番よく知っているのは保護者です」

激しいコンタクトプレーをする男子選手のほうが頭部衝撃を受けて、脳震盪になりやすいイメージがあるが、子どもの女子選手の脳震盪のリスクについても十分に注意を払う必要がある。

アメリカンフットボールで頭部への衝撃を繰り返して受けることで慢性外傷性脳症の原因になり得ること。そのことに注意が払われるようになったのは、NFLの殿堂入りの元選手マイク・ウェブスターの脳の解剖から始まった。

なぜ、女子選手の方が脳震盪になりやすいのかは、グレース医師が言うようにはっきりと分かっていない。「なぜ」と「どうすればいいのか」のために、米女子サッカーのスターたちが死後に研究のために自身の脳を提供すると立ち上がり始めた。

今年3月には女子サッカー界の元代表だったブランディ・チャスティンさんが死後に脳震盪や頭部外傷の研究のために、脳を提供するつもりだとし、続いて、昨年、引退したアビー・ワンバック選手、メーガン・ラピノー選手も研究のために脳を提供する意思のあることを明らかにした。

チャスティンさんは死後にボストン大学では慢性外傷性脳症の研究に脳を提供するという。3月3日のUSATODAYによると同大学ではこれまで307の脳を解剖したが、うち女性は7人でいずれも慢性外傷性脳症と診断されたものはなかったそうだ。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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