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イチローの記録の重みを、メキシコ出身の元メジャーリーガー、ビニー・カスティーヤに聞く。

谷口輝世子スポーツライター
WBCでメキシコ代表としてプレーしたカスティーヤ(写真:ロイター/アフロ)

8月5日のことだ。遠慮しながらコロラド・ロッキーズのクラブハウス(ロッカールーム)へ入った。

マーリンズのイチロー外野手が3000本安打達成にあと2本に迫っていた。取材する日本メディアの数が多く、そのことで対戦相手のロッキーズの選手たちに不快感を与えてはいけないと、私は気を遣っていた。

ところが、クラブハウスに一歩、入ったところに、両手を広げるかのような仕草で歓迎してくれた人がいた。

「久しぶり!今日は誰の取材?ドジャースの前田投手か?」

声の主は90年代から00年代にかけてロッキーズの主軸として活躍したビニー・カスティーヤ。頭とあごのヒゲには少し白いものが混じっていてお腹周りは貫禄がついていたが、どんぐり眼で愛嬌のある表情は現役時代から変わっていない。49歳になっている。現在はロッキーズのゼネラルマネジャー特別補佐という肩書だ。

イチロー選手関連の取材だと告げると、カスティーヤは、そうか、そうかと合点がいった様子でうなづいた。「イチローは素晴らしいね。メジャーに来るのが遅かったのに、他の選手と比べて短い期間に3000本安打を達成しようとしているのだから」と称賛した。

カスティーヤの意見は珍しくない。イチローの3000本安打について、短い期間で大記録を達成したことを評価する声が多い。

カスティーヤは現役時代の成績からはメジャーリーグを代表するスーパースターだったとは表現しにくい。その彼が、他の人と同じようにイチロー選手に関して話しても、日本の読者に需要があるだろうかと、私は嫌らしく考えた。どれだけの日本の読者がカスティーヤのことを覚えているだろうか。それに、イチローとカスティーヤは選手として似たところもあまりない。

06年に引退したカスティーヤの現役時代の通算成績は1884安打、320本塁打、1105打点、打率は2割7分6厘。打者有利とされるロッキーズの本拠球場クアーズフィールドで、パワーヒッターとして活躍。しかし、殿堂入り確実といわれるイチローに対し、カスティーヤは2012年殿堂入り投票の用紙に名前が記載されたものの、得票率1%で落選している。

けれども、2人には2つだけ共通点があった。

ひとつはメジャーリーグに来る前に、母国のプロ野球リーグでプレーした経験があること。

周知の通り、イチローはオリックスで活躍した後、27歳でマリナーズに入団。カスティーヤは生まれ育ったメキシコのプロ野球チームを経て、21歳8カ月でアトランタブレーブスと契約。マイナーリーグで1年半プレーし、23歳でメジャー昇格を果たしている。

メキシコにはプロ野球リーグがある。多くのメジャーリーガーを輩出しているドミニカ共和国やベネズエラとはこの点で異なる。

「ビニーはメキシコのプロ野球からメジャーに来ている。最初からアメリカでプレーしていたら、と考えたことがありますか」と私は聞いてみた。

カスティーヤはこう振り返る。「できればそうしたかったね。18歳や19歳で来ていたらと思うし、そうなっていれば良かったと思う。でも、メキシコの小さな街で生まれ育った僕には、アメリカやメジャーリーグは遠かった。それで、まず、メキシコのプロ野球に入ったんだよ。メジャーリーグへの憧れは強かった。でも、当時の僕にメジャーリーグでやれるという確固たる自信はなかった」

そして、少し硬い顔つきになって、話を続けた。「メキシコのプロ野球は、規則が違うんだ。一度、契約するとなかなかメジャーリーグに行くことは難しい。君なら分かるだろう、日本のプロ野球も同じことだろうから。メキシコの球団がメジャーリーグの球団に僕の契約を売ってくれないと、アメリカには来ることができないんだ」。

イチローは、言わずもがな日本出身メジャーリーガーとして最も安打を放った選手だ。カスティーヤもメキシコ出身メジャーリーガーの最多安打、最多本塁打、最多打点(1105)と得点(902)を記録してきた。それが2人のふたつ目の共通点だ。

カスティーヤは「その記録はエイドリアン・ゴンザレス(ドジャース)にもうすぐ抜かれるよ」と笑った。

確かにエイドリアン・ゴンザレスの通算安打数はカスティーヤ氏の数字を上回っている。しかし、ゴンザレスは両親がメキシコ人であって、ゴンザレス自身は米国生まれ。だから、正確にはメキシコ出身の最強打者は、カスティーヤだと言える。

6月、イチローの日米通算安打数が、ピート・ローズ氏の持つメジャー通算安打4256本を超えた。

カスティーヤはメキシコのプロリーグ時代にどのような成績を残してきたのか。野球記録サイトのbaseball-reference.comに19歳から21歳の3シーズンに渡って、メキシカンプロリーグでプレーしていたことは残っているが、成績は記録に残っていない。(カスティーヤは2006-10年までメキシカン・パシフィック・ウインターリーグでプレーしていて、こちらの成績は残っている)

「もしかしたら、メキシコとメジャーでの安打数を合計したら、2000に達していたかもしれないし、本塁打数は350ぐらいだったのでは?」と私は話題をふってみた。

カスティーヤは笑みを浮かべて、顔の前で手を振った。「僕はメキシコとメジャーの成績を足すつもりはないよ。やっぱりメジャーリーグはトップレベルでレベルがちがうからね」。

カスティーヤはメジャーリーグは最も高いレベルであることを強調しながら「僕たちはここで自分の力を証明しなければいけなかった」と。だから、日本から来たイチローの苦労も分かると。

カスティーヤがイチローについて話したコメントは他のメジャーリーガーや監督らと同じ内容だ。「イチローは米国に遅くに来たのに、3000本に到達した」。

しかし、メジャーリーグに憧れながら、すぐには来ることができなかったカスティーヤが話の締めくくりに再び「イチローは米国に遅くに来たのに」と口にしたとき、時間の重みや記録の重みを量る単位が、彼のと他の人とでは少し違うように私には聞こえた。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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