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「イスラム国」(IS)への対抗策には歴史を紐解く必要がある ―英ジャーナリストの分析とは

小林恭子ジャーナリスト
「イスラム国」による破壊対象となったパルミラ神殿(資料写真)(写真:ロイター/アフロ)

フランスは、7日、イスラム教スンニ派の過激組織「イスラム国」(IS)の活動拠点となっているシリアへの空爆に向けて、情報収集のための偵察飛行を行うと表明した。現在のところ、米国と中東諸国の有志連合が空爆を行っているが、英国でも攻撃を実施する声があがっている。

ISは、残酷な処刑の様子を次々とネット上に公開し、日本を含めた世界中の多くの人々にその恐ろしさを周知させた。イラク、シリア両国内で支配範囲を着実に広げており、米国主導のIS掃討作戦にはいまだ目立った効果が見えていない。国際社会は「国」として認めてはいないものの、世界数十カ国から1万人以上の「戦士」がISの戦闘に参加するほど、人気がある。

最高指導者アブバクル・バクダディ(ウィキペディアより)
最高指導者アブバクル・バクダディ(ウィキペディアより)

先月末、ISは新たな衝撃を世界中に与えた。シリア中部にあるパルミラ遺跡のバール・シャミン神殿を破壊したのである。神殿は国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録されている。約2000年前に建てられた神殿が爆破される様子を伝える画像がネット上に公開された。その数日後には、遺跡内にあるベル神殿の一部も破壊したという報道が出た(在英「シリア人権監視団」による)。

ISの破壊行為をどのように止めるのか。

カギは7-18世紀に

各国政府がその対応に四苦八苦する中、英ジャーナリストで「アルカイダ」などの著作があるジェーソン・バーク氏(新刊は「The New Threat-- From Islamic Militancy」)が新たな視点を提供している。

英月刊誌「プロスペクト」9月号に掲載された「カリフ国家についての真実」から、内容の一部を紹介してみたい。

  アブ・モハマド・アルアドナニ (ウィキペディアより)
  アブ・モハマド・アルアドナニ (ウィキペディアより)

ISの報道官アブ・モハマド・アルアドナニは、今年3月、ナイジェリアの過激組織ボコ・ハラムがISへの忠誠を誓ったことを喜ばしく思うという音声クリップを公開した。

この時、アルアドナニが敵に向けて、こう言った。「Badr (バードル)、 Uhud(アード) Mutah(ムター)、 Hunayn (フーネイン)を取り戻す・・・・Nahawand (ナーワンド)の奪回を誓うぞ」。

一連の固有名詞は現在の西欧に住む人にとっては、チンプンカンプンだ。しかしいずれも、イスラム教の預言者ムハンマドが生きた時代(7世紀)のイスラム教の敵に対する戦いの名称だ。

バーク氏によると、ISを一掃するには、何故、イスラム教の信仰が暴力的な過激主義につながってしまうのかを真に理解することが必要で、そのためには「昔のことを言っているから」といって目を閉じてしまうのではなく、IS幹部たちが本当にどんなことを主張しているのかに注目するべきだ、という。

その中でも最も重要なのは、ムハンマドの生涯の歴史的な意味合いだ。

特に注視するべきはムハンマドの死(632年)からナポレオンがエジプトに上陸する(1798年)までの間の出来事だ。この時代を研究することで、今後、ISをどのように処理していくかが分かってくるとバーク氏は説明する。

軍事的優位性、2つの帝国の疲労

イスラム教がアラブ半島にのみ生存する新興宗教と言う存在から世界的な勢力に拡大するのは、ムハンマドの死後、4人の後継者が統括した時代だった。先のアルアドナニが言及した戦いの多くも、この時代(632-661年)に発生している。

イスラム教がこの頃、急速に広がっていた理由とは何か?

まず一つには、軍事的優位性があったと言われている。現在のISが黒い旗を用い、これを動画に使用したり、拠点に掲げたりするのは、7世紀のイスラム教軍団をほうふつとさせるという。群を抜いた能力を持つ戦場指導者、戦士の強い忠誠心、斬新な戦法を柔軟に用いて闘うー当時と現在のISには重なるところがある。

また、イスラム教が支配領土を拡大していった時期は、ビザンチン帝国とペルシャ帝国と言う2つのスーパーパワーが何世紀にも渡る戦いの後で、疲れ切っている頃だった。これを現在に置き換えれば、米国とロシア、ということもいえそうだ。

バーク氏によれば、「ユダヤ教やキリスト教という2つの宗教とイスラム教を比較すると、集団的記憶がそもそも異なる」。ユダヤ教の場合は土地を奪われたこと、キリスト教の場合は、イエス・キリストが迫害を受けたところから始まるのに対し、イスラム教にはムハンマドが生きている間にイスラム国家を建設したという成功体験がある。

7世紀以降、イスラム圏は拡大し、繁栄し、文化的にもリッチで力強い帝国として成長してゆく。661年から750年まで続いたウマイヤ朝は、西はイベリア半島、東はインダス川まで領地を拡大させた。ダマスカスのウマイヤド・モスクやエルサレムのアル・アクサー・モスクはこの当時にできたものだ。

750年にウマイヤ朝を倒したアッバース朝は、バクダッド、ラッカ、サーマッラーなど複数の都市を支配下に置き、イスラム文明の黄金期を築き上げる。その後、十字軍や東方からの攻撃、モンゴルの襲来を経ても、イスラム勢力圏は破壊されず、征服された都市はイスラム教に転向するほどだった。

1453年、ビザンチン帝国の首都コンスタンチノープルはオスマン帝国軍に侵略される。オスマン帝国(のちに、現在のトルコになる)は欧州中央部を脅かすまでになった。17世紀において、オスマン帝国に並ぶほどの国は欧州にはなかった(ただし、カトリックのスペインを除く)。欧州は貧困で、後進的な場所だった。

「歴史的な文脈から言えば、西側の優位性は比較的最近の現象だ」。過去1300年の3分の2は、権力、繁栄、富はイスラム教圏にあったのである。

目指すはグローバルなスーパーパワー

ISの最高指導者はアブバクル・バクダディは、昨年、イスラム教の預言者ムハンマドの「代理人」を意味する「カリフ」を頂点とする「国家」の樹立を宣言している。

カリフ制は、今は過激主義者の想像の中にのみ存在している。それでも、過去の歴史を理解すると、ISは「イスラム教徒からすれば正当な地位と見なされること、つまり、グローバルなスーパーパワーをカリフによって再現しようとしている」ことが分かってくる。

ムハンマドが亡くなったとき、その後継者をどうするかで明確な指示を残していなかった。そこで、年長者のアブ・バクリが引きつぎ、「カリフ」として認定された。カリフとは「代理人」という意味だった。最初から急ごしらえの概念である。後継者争いの後に、イスラム教はシーア派とスンニ派に分裂し、「4人のカリフのうち、3人は信者の手によって殺された」。

ウマイヤ朝、アッバース朝を経て、混乱が何世紀にも渡って続いたが、最終的には、16世紀から20世紀まで、オスマン帝国の下でまとまった。

その後、トルコの建国の父アタチュルクは、欧州型国家の建設のために1924年にカリフ制度を廃止した。オスマン帝国最後のカリフはフランスに追放された。

しかし、10年もしないうちに、イスラム世界の活動家がイスラム圏勢力の復興を求めて運動を起こす。最初の1人が、1928年にムスリム同盟を作る、エジプト人の教師ハサル・アルバンナーであった。

1990年代になると、カリフの復帰を求める、暴力的な戦闘派の波が出てきた。その1人がアルカイダの創始者オサマ・ビンラディンだ。現在の指導者アイマン・ザワヒリもそうだ。彼らが目指すのは、西欧の指導者が恐れ、敬意を払う、イスラム国家に戻ることだ。

バーク氏によると、ビンラディンやザワヒリはそうした国家の建設は遠い先と思っていた。ところが、現在のISの指導者アブバクル・バグダディは長期的視点を共有しない。

バグダディの世界観が若者を引き付ける

バクダディは昨年、モスルを手に入れた後、カリフを再創設し、自分をその最高指導者であるとした。そして、その世界観を表すメッセージを発表した。

その中身とはこうだった。まず、カリフは、ムスリム(イスラム教徒)が何世紀にも渡る西側による支配が引き起こした損害を矯正することを許す。その方法は、西欧の支配が押し付けたすべての構造物を破壊することだ。

カリフ制国家が没落した後、「非信者たちはムスリムたちを弱体化し、恥辱を与えた・・・・ムスリムたちの富やリソースを略奪し、権利を奪った」。西側の支配は「文明、平和、共存、自由、民主主義、政教分離・・・国家主義、愛国主義など・・・嘘のスローガンを広めた」。

バグダディは宗派の違いによる衝突がどこにでもあると説明する。中国西部ではイスラム教徒が抑圧され、フランスではムスリムの女性が外出時に着用する、顔をおおうベールの使用に制限がつき、「パレスチナではムスリムの家が破壊されている、刑務所はムスリムで一杯だ、ムスリムの土地は取り上げられ、ムスリムの聖域が・・・侵害され、冒涜」されている、と指摘する。

「西側に帰結する」とバグダディが言うところの暴力行為の数々が「グローバルな対立を作っている」とした後で、バグダディは対立の解決策として、カリフ制による統治を提案する。

バーク氏はバグダディの「こうした発言が、イスラム教徒の若者たちをひきつけ、中東に向かわせるのを想像するのは難しくない」。

過激派の戦士たちが勧誘の際に使うのが、イスラム教創設の頃の人物だ。昨年7月、バクダディは、モスルの寺院での演説の中で、1400年前のアブ・バクリによるカリフ就任演説の一部をそのまま使った。

多くのイスラム教徒は、演説をしただけではバグダディをカリフとは見なさない。しかし、演説の結論には賛同をしないものの、「文脈を否定した人はいない」という。つまり、7世紀から18世紀のムスリム指導者たちの力、尊厳、富、軍事力を復活させることについて、異を唱えた人はいないのだという。

バーク氏によれば、バクダディや彼のグループはカリフ制度を単に復活させただけでなく、新たな意味合いを持たせている。例えば、これまで、ビンラディンやアルザワヒリも含めて、支配の対象はイスラム世界のみであって、西側諸国にも同時に侵攻しようとは考えなかったからだ。

一方、ISの報道官は世界中の指導者となることに言及し、最高指導者バグダディ自身も昨年7月の音声テープの中で、「ローマに入る」、と述べた。ローマは初期のムスリムにとってはビザンチン帝国を意味したが、今は、実際の都市ローマではないか、とバーク氏は問う。

現指導部が弱体化すれば・・・

もしISが真にグローバルなカリフ国家の創設を目指しているなら、西側にとっては悪いニュースだ。しかし、ビジョンは持っていても、実際にはどうか。

ISはもともと、異なる過激主義グループが集まったもので、2001年9月11日の米大規模中枢テロ以降に続いた戦争や破壊行為の連続の10年間で力をつけ、「アラブの春」のあとは、イラクやシリアの政治家の失態によって力を得た。

ISによる支配には、これを支えるいくつかの要素がある。残忍な暴力行為で脅しをかけると同時に、社会の基本的なサービスの提供やシーア派に支配されるのではないかというスンニ派の恐怖感を利用して支持を得ながら、生活に一定の安定感を与えるという約束をしている。もし現在の指導部の勢力が弱体化すれば、こうした約束が実行に移せなくなる。

バーク氏の新刊「The New Threat 」(新たな脅威)
バーク氏の新刊「The New Threat 」(新たな脅威)

ISが戦略的に重要な土地を失ったり、新しい領地を獲得できなくなったとき、グループの信頼性は大きく揺らぐ。バーク氏は、「もしバクダディが殺害されれば、そうなるだろう」。ISは求心力を失ってしまう。

「逆風が重なれば、特に、バクダディが何らかの形で取り除かれれば、ISは永遠に分断化してしまうだろう」。

ISの攻略方法としてバーク氏が提示したのは、現在のISの指導力が弱まったように見える状況を作ること、つまりは、最高指導者のバグダディが消えることだった。

しかし、ここで但し書きがつく。バーク氏は、短期的には、そんな状態が予想されるというよりも、「望まれている」にとどまっている、と締めくくっている。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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