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英労働党党首選 左派コービン氏の勝利で新たな政治勢力が生まれるか?

小林恭子ジャーナリスト
英野党・労働党の新党首ジェレミー・コービン氏(左)(写真:ロイター/アフロ)

12日、英野党・労働党の新党首に、左派系候補者ジェレミー・コービン氏が選出された。

選出までの詳しい情報やその政治信条については、木村正人氏の記事が非常にわかりやすい。

ほかの3人の候補者と比較して、20歳以上も年上のコービン氏(66歳)は、労働党が掲げてきた中道路線からは一線を画す。選挙運動中は鉄道や電力会社の再国有化などを主張した。かつての労働党=「オールド・レイバー」への回帰と見る人もいる。

コービン氏が党内で支持を受けた1つの理由に「ニュー・レイバー」への嫌気もあったようだ。

ブレア・ブラウンと「ニュー・レイバー」

時を1990年代に戻してみよう。英国では、日本でもよく知られている、英国初の女性首相サッチャー氏による政治が1979年から1990年まで続いていた。その後を引き継いだのが、サッチャー氏にかわいがられていたジョン・メージャー首相。カリスマ的な魅力とは程遠かった。

そこにさっそうと現れたのが労働党のトニー・ブレア議員。元弁護士、長身、ハンサム、歯切れのよい話し方と人懐こい笑顔で、「誰からも好かれる若手政治家」として次第に人気を集めた。

1990年代の英国は前回労働党政権があった70年代と比較すると、大きな変貌を遂げていた。サービス業に従事する人口はかつての60%弱から80%強に伸び、労働組合員の数も1200万人から700万人に減少していた。労働党は「労働組合、スト、絶対非武装、インフレ」を人々に連想させ、政権をまかせられない政党と見なされていた。

政権奪回には「労働党を全く新しく作りかえる」ことが必須と確信したブレア氏は、1994年、党首になる。首相就任時(1997年)には、43歳だった。

労働組合の影響を大幅に減少した「ニュー・レイバー」という呼称を使い、旧来の左派・右派の境界に捕らわれず、これまで労働党が軽視してきた中流階級層の取り込みを狙った。自由主義経済と福祉政策の両立を目指す「サード・ウエー」(第三の道)も広く提唱した。

イメージ作りとスピンドクター

新しい労働党のイメージ作りは少人数の改革派たちが主導し、その顔ぶれはブレア氏を筆頭に、後に財務相(そして首相)となるゴードン・ブラウン氏、元テレビのプロデューサーで当時労働党の選挙戦略を統括していたピーター・マンデルソン氏、政治コンサルタントのフィリップ・グールド氏、ミラー紙の元政治記者アレステア・キャンベル氏だった。

グールド氏は92年の米大統領選を見学した。グールド氏の「未完の革命」という自著によると、何度も労働党が総選挙で退廃し、失意の底にあった氏に、後に大統領となるクリントン氏の選挙チームが、「失敗から学びたい」と招聘したという。

97年5月、労働党は179議席を獲得し、総選挙に大勝利。35年以来の大きな議席数で、前回92年の総選挙と比較すると、保守党に投票した180万人が労働党に支持を移していた。勝因はニュー・レイバーのアピールに加え、保守党政権に対する批判票が投じられたと言われた。

2007年まで10年続いたブレア政権のキーワードは、自由主義経済、福祉政策の両立をめざすサード・ウエー、ニュー・レイバーだった。

労働

党のシンクタンク「フェビアン協会」のスンダー・カトワラ事務局長(当時)に、ブレア政権終了時にインタビューをしたことがある。その時の発言を一部紹介したい。

「実は、ニュー・レイバーは言われているほど新しいものではなかった」という。

「労働党が野党時代に『私たちは完全に新しい考えを持っている。全てが今までの労働党は違う』と宣言することには非常に大きな利点があった。しかし、実際のところ、ニュー・レイバーに至る議論は、ずい分前からフェビアン協会内では議論されていた。欧州諸国の左派系政党も同様にこの議論を行なってきた。つまり『リビジョニズム』(歴史修正主義と訳され、既存の概念から逸脱し、特定のイデオロギーに沿って修正を加える考え方)だ」

「社会主義者アンソニー・クロスランドが50年代に有名な本(『社会主義の将来』)を書いた 。この中で、労働党は社会主義の価値観を維持しながらも、状況によって政策を変えるべきだと述べた」

「例えば、国民が労働党の役割は経済を国有化することだと考えた場合、国有化は何かをするための手段となるが、もし国有化で社会の不平等が起きるようなら、これは最善の策ではない、と。自由主義経済と福祉政策の両立を唱えた、労働党の近代化運動の支持者たちがニュー・レイバーを打ち出す40年も前に、 クロスランドはニュー・レイバーの議論を既に行なっていた」

「クロスランドとニュー・レイバーを提唱したブレア、ブレウンの違いは、クロスランドは『目指すのは平等な社会を築くことだ』とためらいなく言えた点だ」

「ニュー・レイバーの政策も社会の中の平等の達成と富の公平な分配を目的とするものだったが、ニュー・レイバー側はそう公言したくなかった。『平等、富の分配』と言えば、野党時代が長く続いた『古い』労働党の印象を与え、票を失うと思ったからだ」

「ニュー・レイバーと言う表現はブレア氏が労働党首になった1994年以降から政権を取る1997年まで、当時の政治状況、当時の経済状況の中で有益だと見て使ったものだった」

しかし、その後、「世界の状況は変化している。今や失業率の高さを心配しなくても良くなった・・・国民の大きな懸念事項は治安や移民問題になっている」。

カトラワラ氏は、ニュー・レイバーの主張が新鮮味を失っていたことを示唆していた。

ブレアからブラウン、連立政権、そして保守党単独政権へ

2003年のイラク戦争開戦で、参戦理由を誇張したとされるブレア政権。しかし、ブレア氏の人気は必ずしも衰えず、2005年の総選挙を勝ち抜いた。

2007年に政権を引き継いだのは、ブレア政権の蔵相でブレア氏の永遠のライバルとされるゴードン・ブラウン氏。

しかし、短期政権となり、2010年には総選挙に。選挙民の意見は割れ、過半数を獲得する政党がないままに選挙が終わった。

結局、最も多くの票を得た保守党と、第2野党の自由民主党とが連立政権を発足させた。このときから、総選挙は5年ごとに行われることになった。

そして2015年、「また連立政権になる」とした多くの世論調査の予想を裏切り、保守党が圧勝。単独政権が成立した。

大きな痛手を受けたのが自民党、そして野党労働党。閣僚級の大物議員が続々と落選したのだーその一人はエド・ボールズ影の財務相。ボールズ氏は、今回の党首選の候補者の一人だった、イベット・クーパー氏の夫だ。

なぜ、コービン氏?

なぜ、コービン氏が勝てたのか?

様々な理由があるが、コービン氏がニュー・レイバーの一人ではなかったことは確かだ。

2010年の総選挙で戦うため、ブレア路線を引き継ぐ人物として党幹部が推薦したのはデービッド・ミリバンド氏(元外相)だった。しかし、党員が最終的に選んだのは、より左派系で労働組合に近いとされた、デービッドの弟、エド・ミリバンド氏だった。

エド時代の労働党は「左すぎる」「また大きな財政出勤をして、財政赤字を膨らませるのではないか」という声にさらされた。

今年5月の総選挙で大敗したことで、エド・ミリバンド氏は党首を辞任した。

そして今回、労働党が選んだの誰だったか?エドよりも、もっと左のコービン氏だった。

同氏は1980年代から下院議員だが、どうみてもニュー・レイバーではない。閣僚になったこともない。いまさら、鉄道を国有化なんて、非現実的にも思える。

また、選出の正当性だが、保守党支持者が労働党支持者に成りすまして登録し、コービン氏を選出した、という噂が絶えない。左すぎた、古い労働党は「総選挙には絶対に勝てない」からだ。

しかし、2010年発足の連立政権、今年5月からの保守党政権による財政緊縮策に飽き飽きしている人が国民の中には多数存在している。福祉手当や公共予算が削減されて、困っている人々がいる。コービン氏の選出は、そんな国民の思いを反映しているようだ。

今のところ、「コービン氏が党首では選挙に負ける」という論客がほとんどだ。私自身、「この人、首相になれそう」・・とはなんとなく、思えない。

しかし、「削減のスピードをもっと緩慢にしてほしい」「弱い人を助けて」・・・そんな普通の生活感覚を持つ層がいて、いささか古臭いように見えても、または非現実的に見えても、昔からの「労働者擁護」を打ち出す政策を実行しようとする政治家=コービン氏=を見て、「労働党も悪くないかもしれない」と考える、若い人が結構いるのではないか。1970年代、80年代、あるいは90年代の労働党を知らない若い層、ブレア政権でさえも何をやったかを覚えていない層にとっては、コービン氏は逆に新鮮に見えるに違いない。

次回、2020年の総選挙の時まで、コービン氏が労働党党首かどうかは分からない。いったんやるべきことを終えたと思ったら、あるいは世論調査で人気が落ちたら、途中で交代することも大ありだろうと思う。実際、保守党だって、キャメロン党首が見つかるまで、同様の紆余曲折があったのである。

いったんはバラバラになるが、新しい血が入って、起死回生する労働党、ということになるのではないかー。ひとまず、私はこちらに票を入れたいと思う。時間はかかるだろうがー。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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