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海外でも「リンチ」「女性虐待」…追及される金正恩体制の人権侵害

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
集団脱北した北朝鮮レストランの従業員ら

日本と欧州連合(EU)は10月31日、人権問題を扱う国連総会第3委員会に、北朝鮮における人権侵害の責任追及を求める決議案を提出した。

国連では2005年以来、昨年まで11年連続で同様の総会決議がなされている。今年もまた、12月中旬ごろには多数の賛成を得て採択されるだろう。

売春を強要か

今回提出された決議案は昨年と同様、北朝鮮の人権問題を国際刑事裁判所(ICC)に付託するよう安全保障理事会に促しているほか、海外に派遣されている北朝鮮労働者の権利侵害についての懸念も新たに盛り込まれた。

海外に派遣された北朝鮮労働者たちの置かれた状況は、きわめて過酷なものだ。

今年1月、ロシアのウラジオストクで、北朝鮮労働者が焼身自殺する事件が発生した。現地当局によると、この労働者の家から朝鮮語で書かれた遺書が発見された。そこには「仕事が辛く、カネもなく、生活が苦しい」などと書かれていたという。また、「誰も恨んでいない」との言葉もあったとのことで、抗議を込めた自殺ではなかったのかもしれない。

ただ、個人の権利がほとんど尊重されない北朝鮮において、多くの(あるいはほとんどの)人々が「人権とは何か」の概念すら持ち合わせていないと言われる。

(参考記事:脱北女性、北朝鮮軍隊内の性的暴力を暴露「人権侵害と気づかない」

人権の概念をしっかりと持っていれば、北朝鮮の労働者たちだって、「国家に抗議して当然」と考えるのではないか。

何しろ、1日に12時間から16時間、場合によっては20時間もの長時間労働を強いられ、休みは月に1~2日しか与えられないのだ。あまりに辛く、現場から逃げ出そうとした労働者がアキレス腱を切られたり、掘削機で足を潰されたりという凄惨な私刑(リンチ)を受けていることも、デイリーNKの取材でわかっている。

(参考記事:アキレス腱切断、掘削機で足を潰す…北朝鮮労働者に加えられる残虐行為

女性もまた、海外の労働現場で苦痛を強いられている。

外貨獲得の柱の一つでもある北朝鮮レストランは通常業務もかなりハードだが、それに加えて本国から要求される厳しい売上ノルマのため、「売春」を強いられるケースもあるという。

(参考記事:中国の北朝鮮レストランで「強制売春」説が浮上

北朝鮮レストランといえば、4月に12人もの女性従業員が集団脱北した事件が記憶に新しいが、それも無理はない状況なのだ。

それにしても、海外に派遣されている北朝鮮労働者の問題はなぜ、今回になって初めて取り上げられたのか。理由は様々あろうが、国連決議で圧力を加えるだけでは、北朝鮮国内の状況を変えるのには時間がかかり過ぎるという事情もあるはずだ。海外で働く労働者の問題であれば、受け入れ国に是正を求めることができる。

さらに、北朝鮮当局が労働者の海外派遣で得ている外貨が、核・ミサイル開発に回されていることへの懸念もある。

理由はどうあれ、国際社会が「何か」に取り組めば、北朝鮮当局によって虐げられている「誰か」を救える可能性はある。改善の歩みは遅くとも、「何もしない」という選択肢はないのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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