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ロシアで目撃された謎の怪光 その正体に迫る(が迫れなかった件)

小泉悠安全保障アナリスト

突然だがスマホのバッテリーというのはどうしてああも消耗が早いのだろうか。

筆者がツイ廃(Twitter廃人)だからだろうか(多分そうだ)。

ともかく外回りが多くてスマホを充電する余裕がないと帰宅までにはまずバッテリーが切れてしまう。

その日もそんな次第で、帰宅後、バッテリーが切れたスマホを充電器につないでみると、何件か見慣れない番号から着信が入っていた。

返信してみると某テレビ局からで、「ロシアの、えーとスヴェ・・・スヴェルドロ・・・えーと」「スヴェルドロフスク言いにくいっすよね」「そうそれ」といった話になった。

ロシアのスヴェルドロフスク州で謎の光が撮影されたという話は数日前にネット(もちろんTwitter)で見た覚えがある。

Youtubeにアップされた問題の怪光

「でもあれって自然現象ですよね?ロシアで起きたこととはいってもそういうの分からないですよ」

と答えると、「いや、それが天文学者の先生達に見て貰ったらどうも天文現象ではないみたいで・・・何か軍事的な出来事なのではないかと」という。

ここで筆者の軍事ヲタク魂に火がついた。

「1時間後にもう一度お電話下さい」と言って、1時間限定の怪光調査を行ってみることにしたのである。

結論から言うと「なんだかよくわからない」という大変情けない結果に終わったのだが、筆者が普段行っているネットを使ったオープンソース・インテリジェンス(公開情報インテリジェンス)の一例として知って貰うのも面白いのではないかと思い、以下にその過程をご紹介してみたい。

そもそも何が起こっているのか

まずは、怪光が発生した詳しい状況を特定することから始めた。

早速Youtubeにロシア語で適当な検索ワードを入れて見ると、日本のまとめサイトに掲載されているよりも少し長めの動画が見つかった(上掲の動画がそれである)。

この動画の18秒〜24秒目くらいを見ると、木々の間で火球のようなものが発生しているのが確認できた。

多くの動画では空中に光が広がって収まるところしか映っていないので天文現象だとかUFOだという話になっていたが、光源は地上にあったのだ。

これはどこなのか

さらにこのYoutube動画の詳しい解説を見ると、この映像はスヴェルドロフスク州のリェーシュ(Реж)という場所を通る道路で撮影されたとある。

これで現場付近の詳しい状況を探る手がかりが出来た。そこで早速Google Earthを起動してリェーシュを探してみると、スヴェルドロフスク州内にたしかにそのような地名が発見できた。

スヴェルドロフスク州リェーシュ(Google Earth)
スヴェルドロフスク州リェーシュ(Google Earth)

弾薬庫を発見

特に怪しいものはないが・・・と思ってみていくと、森の中に建物がぽつぽつと規則的に並んだ場所が発見できた。ダーチャ(別荘)村だろうか、と思ったが、妙に規則的でしかも建物が大きいのが気になる。

そこで今度はwikimapia.orgというサイトにアクセスした。

このサイトはGoogle Earth上にユーザーがコメントをつけていける機能があり、怪しげな施設の正体を探るにはぴったりである。しかもカテゴリー別に周辺の施設を探せるので、「軍事施設」にチェックを入れれば周辺の軍事施設の分布もあらかた分かってしまう。

すると、先ほど怪しいと睨んだ場所に軍事施設を示すマークがついた。

詳しい説明は残念ながらなかったが、「склады БП」とある。つまり弾薬庫だ。

弾薬庫を発見(ドヤァ・・・)(wikimapia.org)
弾薬庫を発見(ドヤァ・・・)(wikimapia.org)

ドヤ顔もつかの間

「これで真相を掴んだ」と思った。

きっと問題の怪光は弾薬庫の爆発か不要弾薬の処理によるものに違いない。ロシア軍では弾薬庫の管理や不要弾薬処理に関する不手際から爆発事件が多発してきたから、今回のスヴェルドロフスクの怪光事件もその類いなのではないだろうか(ロシア軍の弾薬庫爆発についてはこちらの拙稿を参照)。

さらに「リェーシュ」や「弾薬庫」でGoogle検索してみると、これは正確には軍の弾薬庫ではなく、「ゲフェスト-M」という弾薬処理業務を請け負う会社であることが分かった。完璧だ。これはドヤ顔でインタビューに答えられる。

ところが、さらに調べてみると、事態はそれほど簡単ではなかった。

軍も非常事態省も否定

検索で引っかかった中で、この怪光事件に関して最も詳細かつ客観的な記事を掲載していたのは、スヴェルドロフスク州があるウラル地方の地元紙「ノーヴイ・レギオン」だった。

同紙の記事によると、住民は爆発音を2回聞いたという。したがって爆発があったことはさらにはっきりしたわけだが、普段から弾薬処理会社が行っている爆破処理の音ならば、住民にとっては耳新しいものではなかった筈で、こういう言い方にはなるまい。

ではやはり弾薬庫の爆発か?というと、ロシア軍中央軍管区のロシュプキン報道官は、これが通常の不要弾薬処理でも弾薬庫爆発でもないと同紙の取材に対して言明したという。

その一方、現地の非常事態省(日本の消防のような機関)は当初、これを定期的な不要弾薬の処理と発表していた。だが、「ノーヴイ・レギオン」紙がスヴェルドロフスク州非常事態総局のズィリャノヴァ報道官に直接取材したところ、実は当初の発表は問題の映像を見ることなく、事情がよく分からない状態で行われたものだったという(ひどい話だ)。

そもそも弾薬なのか?

実は何かを隠蔽しているのでは?と勘ぐりたくもなるが、これまでもロシア軍は弾薬庫の爆発などを特に隠すことはしてこなかった。

仮に弾薬庫の爆発だとしても、今回に限ってそれを隠蔽する理由ははっきりしない。

さらにカザフスタンのニュースサイト「Zakon.kz」は軍事専門家の見解として、発光時間が長すぎるという指摘を掲載した(カザフスタンはウラル地方に近いので、意外と関係が密接なのである)。

というのも、通常、軍用爆薬というのはそう激しく発光するものではないし(エネルギーの大部分は運動エネルギーに変換される)、爆発は一瞬に過ぎない。あるいはロケット弾の弾薬を処理したのだとしても、やはり発光時間が長すぎるというのだ。

HAARPが悪い

結局、ここで筆者の調査は振り出しに戻ってしまった。

前述した「ノーヴイ・レギオン」や「Zakon.kz」はウラル連邦大学や科学アカデミー宇宙科学研究所の天文学者たちからもコメントを取っているが、やはり天文現象ではないという。

では結局何なのか。

「ノーヴイ・レギオン」はなかばヤケクソ気味に、「UFOだ、ロケットの実験だ、HAARPだ」といった「ファンタスティック」な説が噴出していることを伝えている。

ちなみにHAARPというのは米空軍の高層大気調査プロジェクトなのだが、一部のオカルト愛好家の中では気象操作から人工地震まで発生させられる恐怖の兵器ということになっている。ロシア人はもともとオカルト好きなところへ加えて、冷戦期の名残で反米感情も強いため、両者が容易に結合して反米オカルト言説のようなものが蔓延しやすい。

その非常にポピュラーな例の一つがHAARPなのだ。

そしてHAARPが出てくると、もう大概はそこまでである。要するによく分からない出来事の原因がみんなHAARPのせいにされてしまうのであって、大体「天狗の仕業」くらいの意味に思っておけばよい。

「何の成果も得られませんでした」

というわけで長々とおつきあい頂いたが、今のところスヴェルドロフスクの怪光騒動についてわかったことはこれだけである。

というより、分からないことが分かったというべきか。

いずれにしてもアナリストという筆者の商売は、こんな地味な情報収集を行ってはドヤ顔と意気消沈を繰り返している。その雰囲気だけでもお楽しみ頂けたなら幸いである。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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