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柴崎は苦悩も。それでも、日本人サッカー選手は海を渡るべき

小宮良之スポーツライター・小説家
ドイツで日本人最多出場記録を更新した長谷部誠(写真:アフロ)

今年3月。ドイツ、ブンデスリーガでプレーする日本代表MF長谷部誠が奥寺康彦氏の記録を抜き、「日本人最多出場記録」を更新している。通算235試合出場。長谷部は奥寺氏が開拓した土地を大きくし、同国で尊敬される選手となり、後進への道を切り開いた。岡崎慎司、内田篤人、香川真司、酒井宏樹、原口元気らはその恩恵を受けたと言っていいだろう。

それは偉業であって、開拓精神が日本サッカー界にもたらした恩恵は計り知れない。

しかし、昨今は不穏な論調も聞こえる。

挑戦する精神を腐してはならない

柴崎岳はスペインに渡って苦しんでいる。それに関して、日本国内では否定的な論調も少なくない。

「なぜ、海外でわざわざ苦労しているのか?」

「ヨーロッパに行けばいいってもんじゃない」

正直、驚きである。

一人のプロサッカー選手として、より高いレベル、もしくは厳しい条件を求め、自らのスキルを高めようとする。それは喝采を送るべき行動であって、「日本でいいじゃん」なんて考えが蔓延するようなら、遠からず日本サッカーは衰退するだろう。なぜなら、ヨーロッパにトップレベルのフットボールがあることは厳然たる事実だからだ。

異国でプレーし、その国の文化やプレースタイルに適応することは一つの試練だろう。コミュニケーションが欠かせず、そうした経験をプレーに還元することができたら、人間としても選手としても成熟する。活躍次第では、その国の人々に深く愛され、その熱を受け、さらに殻を破れる選手もいるだろう。その感動は、現地に身を置いた者でなければ、決して味わえない。

異国にいるからこそ、日本人は日本人であることを初めて知る。

「自分はバルサのトップチームではプレーすることができなかった。でも、たとえ2部であってもレベルは高かったよ。なにしろ"フットボールが血液の中で流れている国"だからね」

マケドニア代表MFダビド・バブンスキーは笑顔で言った。今シーズン、横浜F・マリノスに入団した若者は若き日々、バルサの下部組織に飛び込んで日々修行を積んだ。結果として、彼はトップチームまで辿り着けなかったが、そこで培った経験を糧に、今は日本でプロ選手として一つの成功を目指している。フットボールは世界で最も人気のあるスポーツであって、門戸は世界に開かれているのだ。

切磋琢磨した経験を、どう自分に還元するか。

それは結局のところ、本人次第だろう。

「プレーできるチームに行った方がいい。日本に戻るべきだ」

それは正論だろうが、道を閉ざすべきではない。柴崎のプレーが合うのはオランダやドイツの下部リーグ(住みやすく、日本人の気質やプレースタイルに理解がある)で、スペインでは厳しいだろう。しかし、それでも挑戦する精神を腐すべきではないのだ。

鈴木大輔の活躍に見る希望

異国で日本人として活躍する。

その芳醇な夢は、代表選手として世界の強豪と対戦する興奮や感動と遜色はない。

「日々、アップデートされていく感じがあるんです」

柏レイソルを退団し、スペイン2部ジムナスティック・タラゴナでテスト入団を勝ち取った鈴木大輔は、海外でプレーする意味を語っている。1年目は3位でプレーオフを戦い、惜しくも昇格は果たせなかったが、レギュラーを勝ち取った。地元では選手やファンの信頼を得た。

「(プレーオフが終わって)スタジアムの外に出ると、ファンの人たちに囲まれ、労(ねぎら)ってくれて、来季も残れ、と言ってくれたり。その反応は自分がここで積み上げたものなんだと思います。それでも昇格できなかったわけだけど、まだ試練が必要だったんだ、と。それは自分らしいというか、これから大きな成功を収めるための苦しみだと前向きに捉えています」

鈴木は日本では決して味わえない経験をしている。一人の助っ人として失敗が許されない。常に結果が問われる。その重圧の中、2年目もバックラインの主軸になっている日本人DFは確実に成長しつつある。柏時代の彼とは、まったく違う選手だろう。日本に安住せず、厳しいスペインに挑むことで勝ち得たものだ。

それはフットボールの浪漫と言えるだろう。

無論、ケースバイケースで違う選択があってもいい。

「おれは日本代表選手として、ワールドカップに出たいから」

ドイツ、ヴォルフスブルグ時代の大久保嘉人はそう言って、早々と帰国を決断した。そういう選択があっても悪くはない。プロ選手が決めた進路だ。

しかし、異国での挑戦を極論的に否定するべきではない。

無論、自分に合った場所選びは必要だろう。長谷部にしても「ドイツのキャラクターが自分に合った」と語り、過去には「スペインではできなかったと思う」と冷静に分析している。スタイルが合うか、身の丈に合っているか、は意識を働かせるべきだ。

その点、柴崎は茨の道と知っても、スペイン行きを熱望したという。もしなにも爪痕を残せずに撤退するならば、そのときは批判に晒されるべきかもしれない。情けない失敗は、後に続く日本人選手の可能性を萎ませるからだ。

だがJリーグはJリーグだけで存在せず、世界とつながることで発展していくしかない。日本人選手たちが海を渡ろうとする向上心や競争心。その気概こそが、日本サッカーを前に引っ張っていくのだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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