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安倍政権は、ブラック企業の味方なのか? 「残業代ゼロ法案」について考える

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

「残業代ゼロ」の報道

安倍政権は、「残業代ゼロ法案」とも呼ばれる政策を本格的に打ち出した。朝日新聞によると、下記の通りだ(まだ官邸のHPには議事録がない)。

「政府の産業競争力会議(議長・安倍晋三首相)は、労働時間にかかわらず賃金が一定になる働き方を一般社員に広げることを検討する。仕事の成果などで賃金が決まる一方、法律で定める労働時間より働いても「残業代ゼロ」になったり、長時間労働の温床になったりするおそれがある。民間議員の長谷川閑史(やすちか)・経済同友会代表幹事らがまとめ、22日夕に開かれる経済財政諮問会議との合同会議に提言する方向で調整している。6月に改訂する安倍政権の成長戦略に盛り込むことを検討する」(2014年4月22日付)

朝日新聞:「残業代ゼロ」一般社員も 産業競争力会議が提言へ

ブラック企業が増殖

そもそも、法改正以前に、ブラック企業はまともに残業代を払っていない。そして、過酷な長時間労働で若者を酷使し、鬱病などを蔓延させている。このような政策を打てば、「安く」「長く」働かせようとするブラック企業が増加することは容易に想像がつく。

では、今の法律の下で、ブラック企業はどのように「安く」「長く」働かせているのだろうか?

ブラック企業が、安い賃金で長時間労働を押し付ける方法には、以下のものがある。

・問答無用で残業代を払わない

まず、多くのブラック企業は、法律と関係なしに、問答無用で払わない場合がある。「違法ですよ」と指摘しても、「お前の仕事が遅いのだから、払う必要はない」「払ったらつぶれる」「お前は金のために仕事してるのか?」などといって、払おうとしないのだ。多くの場合、「お前は能力がないからあきらめろ」、「夢のために頑張る人は残業代をもらってはいけない」という精神論が使われる。

また、酷い会社になると、「うちでは労基法はやっていないからね」などと正面からいってくる場合もある。若者が会社を相手に法律上の権利を行使することが難しいのを見越して、たかをくくっているのだ。

意外かもしれないが、この手の「無法」なブラック企業は大手にもたくさんあるし、もしかしたらもっともメジャーなやり方かもしれない。

・固定残業制度をつかう

次に、固定残業代制度を使う場合がある。

これは、「わが社では基本給の中に残業代80時間分が含まれています」としていたり、「あなたの役職手当2万円は、実は残業代の扱いだから」などといって、残業代を払ってくれないのだ。

酷い会社になると、会社に入った後に、そういう契約書をつくってサインをさせたり、残業代不払いで訴えられると、「入社のときにこの条件で契約した」とうそを言い張ったりする。

・管理監督者制度をつかう

さらに、ブラック企業がよくつかうのが「管理監督者制度」である。これは、労基法に定めのある制度で、会社の幹部クラスの社員については、そもそも経営者と一体の立場にあるのだから、労働法を適用しなくてよいとしているもの。

この制度を悪用して「労働法が適用されないので、残業代を支払う必要はない」と主張する。外食チェーン店や小売店などの店長によくつかわれており、「24時間一人で店を回せ」と命令されてしまう場合もめずらしくはない。

管理監督者扱いをされて、過労死・過労自殺にまで追い込まれることは、本当によくある事件である。

ちなみに、ブラック企業の社員は、当然「経営者と一体の立場」といえるほどの権限や待遇は得ていないので、この扱いは裁判を起こせば、ほとんどが違法になると言われている。

・裁量労働制をつかう

もう一つ、管理監督者のほかにも残業代に関する労働法が一部適用されなくなる場合がある。それが「裁量労働制」である。

これは、働き方に自主性があって、働く時間や場所などを自由に決めていて、会社がいちいち管理するのになじまない労働者に限っては、正確に残業代をはらわなくとも、一定時間働いたことと「みなす」という制度である。

だが、この制度も法律通りに運用はほとんどされていないといわれているし、裁量労働制の適用の結果、死ぬほど残業させられて、身体を壊してしまう人が後を絶たないのである。

ところで、この裁量労働制は、最近つくられた制度で、近年度々規制が緩和されてきた。

今回の法律の前に、すでに規制は緩くなっていて、それをブラック企業は存分に活用していたとうわけだ。

・起業させる

そして、究極にブラックな方法が、「起業させる」というやり方である。

これもブラック企業によく見られる手法なのだが、社員一人一人を実際に起業させて、「社長」にしてしまうのである。そして、会社の仕事を「委託」するのである。

親会社の一つのフロアでいっしょに働いているのに、実は全員別の会社、ということもある。そして、彼らは「社長」だから、当然労働法は適用されない。

あなたは社長なのだから、「死んでも自己責任」という論法である。

安倍政権はブラック企業支援政権か?

こうしてみてくると、ブラック企業はそもそも規制を守っていなかったり、最近規制緩和された制度を存分に活用して、若者を使い潰していることがわかる。つまり、規制緩和はブラック企業に「武器を与えた」のである。

それなのに、さらに規制を緩和しようというのでは、安倍政権は「ブラック企業支援政権」だと言われてもしかたないだろう。

ただ、一方で、「規制の緩和が労働時間を短くする」という主張がある。規制を緩くした方が、企業は法律を守りやすくなるから、むしろ「法の実効性」が高まって、労働時間は減るに違いないというのである。

こうした主張をする学者は、実際に、安倍政権の規制緩和政策の検討会の委員をつとめている。

だが、上に見たように、ブラック企業は今ある法律を抜け駆けするだけではなくて、規制緩和された緩い制度も存分に活用して、若者を使い潰す。こういう意見は現実をみていない、「観念的」な主張である。

だから、「規制緩和がブラック企業をなくす」というのは楽観的すぎるし、その逆だと私は思う。

残業代ゼロ法で、コスト増

最後に、ブラック企業がこれ以上増えてしまったら、日本はどうなるだろうか。

安倍政権は日本経済の再建を掲げているが、今、働く若者が鬱病にかかる割合は急激に増大している。

仮に規制を緩和して、企業が「安く」「長く」働かせることができるようなって、企業の業績がよくなっても、その利益は一時的なものだろう。若者が次々に健康を損なっては、経済発展できるはずがない。

しかも、税収が減り、医療費が増え、挙句に消費まで減ってしまうのだから、「安く」「長く」働かせる政策は、デフレ脱却を掲げる安倍政権が一番規制すべきもののはずだ。

安倍政権は、そのちぐはぐさに気づいてほしいものである。

結局、今回の政策では一部の企業が一時的に得をするだけで、日本社会全体にとってはマイナスしかないだろう。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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