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18歳が考えるべき、「自分の問題」としての学費

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

昨年6月に公職選挙法が改正され、選挙権年齢が20歳以上から18歳以上に引き下げられた。選挙権年齢の引き下げは実に70年ぶりの大転換であり、また今年夏の参院選も迫っていることから、マスメディアでの「18歳選挙権特集」が多く組まれている。

これまで、18、19歳の若者は、選挙を通じて自らの政治的意思を反映させるチャンスが与えられていなかった。今回の法改正をきっかけに、18、19歳の若者がより自分の問題として政治について考え、行動する機会となることが期待される。

今回は、18、19歳の若者にとってまさに切実な、国立大学法人の授業料値上げ問題を取り上げる。この記事を読んで、自分自身の問題として考えてみてもらいたい。

国立大学法人の授業料値上げ問題

国立大学法人の授業料値上げ問題の発端は、昨年10月に政府の財政制度等審議会で、「(国立大学法人への)運営費交付金に依存する割合と自己収入割合を同じ割合とする」とした財務省の方針が承認されたことにある。この方針を実現するために、国立大学法人は、運営費交付金を毎年1パーセント減少させ、「自己収入」を毎年1.6パーセント増加させることが必要であるとされた。そして、この「自己収入」を確保する手段としては、寄付金や民間研究資金の確保、授業料の値上げなどが示されている。

だが、「寄付金や民間研究資金の確保」が絵に描いたようにうまくいくとは到底考えられない。大学ごとの格差も大きいだろう。結局、確実に大学が収入を増やすことができるのは「学費の増額」という手段にならざるを得ないものと懸念される。

それでは、仮に国立大学が「自己収入」の増加分すべてを授業料値上げによってまかなうとした場合、授業料はどれほど値上げされるのだろうか。昨年12月の衆議院文部科学委員会での日本共産党の畑野議員の質問に対し、文科省は年間約54万円の国立大学法人の授業料が、毎年2万5千円値上げされ、2031年には93万円程度に引きあがるという試算を示した。今後15年間で実に40万円近く値上げされるということである。

財政削減のしわ寄せが、若者の負担増に

授業料値上げは、いうまでもなく、大学進学における経済格差を引き起こす。本来、家庭の経済状況にかかわらず、大学は勉学意欲のある人々に開かれているべきだ。そうでなければ、優秀な能力を持つ者に対して高等教育の機会が開かれず、日本全体の生産力は低下し、ひいては国力の低下につながっていくことであろう。実際に、国際的には、大学授業料を無償ないし低廉なものにとどめるか、授業料を徴収しても給付型奨学金を充実させるなどして対応がなされている。ところが、日本はそのような世界的潮流に逆行し、OECD諸国で唯一、授業料が有償かつ公的な給付型奨学金が存在しない国となっている。

国立大学の学費は70年代以降、一貫して高騰を続けていた。1972年まで国立大学の授業料は年間1万2千円と非常に安価であったが、同年に自民党と文部省が授業料を3倍に引き上げることに合意したことが端緒であった。この当時の授業料値上げの根拠は、「国立大学と私立大学の格差縮小」であった。

国庫補助がなかった私立大学では、財源を授業料に頼り、高額な授業料を学生から徴収していたが、教育の質の低さや大学経営の不透明性も相まって、学費値上げ反対の学生運動を引き起こしていた。こうした運動の広がりへの危機感から、国立大学の授業料値上げと私学助成の創設を決めたのだった。その後、80年代にも財政再建を志向する臨調行革路線の中で私学助成の削減が実施されると同時に、「国立・私立の格差是正」の名目のもとに国立大学の授業料の値上げは続いた。

さらに、2000年代に入ると国立大学の法人化とともに、「運営費交付金の総額が毎年1パーセント削減」されることが決定した。このようにして、国立大学の学費は増大し続けてきたのである。

高コストな教育費は、若者の可能性を奪う

冒頭で紹介したように授業料が値上げされると、若者にどのような矛盾が生じてくるであろうか。筆者は、現時点でも日本は世界的にも高授業料であるとされているため、すでに生じている問題がより深刻化すると考えられる。

第一に、授業料を支払うことができず、大学進学をあきらめる若者が増加するだろう。これは教育の機会均等という観点からは非常に大きな問題であり、「生まれによる格差」がより露骨に生じてしまう。しかも、90年代以降の求人激減で高卒就職が困難となり、貧困に陥るリスクが高まってしまうだろう。高卒求人数はピーク時の92年の約160万件から、2010年には20万件を切るまでに急減してしまっている。

また、一度大学に入ったものの、中途退学してしまう学生も増える可能性がある。2014年度の文科省の調査によれば、大学中退者の総数は全学生数の2.65パーセントにあたる79311人、そのうち経済的理由による者は中退者全体の20.4パーセントにあたる16181人となっている。経済的理由による中退者は2009年度には14.0パーセントであり、この5年間で6パーセントも増加している。授業料がさらに値上げされれば、その割合はより高まるだろう。

第二に、授業料の捻出が厳しい状況にあっても、高卒就職のリスクを踏まえて、奨学金という名のローンを利用して大学進学する層も増えるだろう。日本の公的奨学金は日本学生支援機構による貸与型のみであり、給付型は存在しない。しかも、そのうち有利子奨学金が約7割を占めている。このような利子付きの借金を平均約300万円も負った状態で、大学を卒業しなければならないのである。今や大卒者の雇用も不安定化する中で、奨学金返済が困難になるケースも増えているが、そうした場合の救済制度も非常に不十分である(免除はほぼ使えず、猶予は10年に制限されている)。

第三に、奨学金に頼る学生が増えた結果、優秀な学生が海外留学やベンチャー企業などへの就職を断念し、地方の公務員を志望するケースがますます増えていくだろう(現在でもその傾向は強い)。借金を多額に背負うために、まず、なるべく負担の少ない地元の国立大学に入学する。そして、それでも背負ってしまった借金を「確実」に返済するために、堅実に地方公務員を目指す。こうした「ルート」が地方の優秀な若者を取り囲むことになる。

もちろん、地方公務員という選択肢が悪いわけではない。だが、IPS細胞を発見した京都大学の山中教授のような、日本の産業を担う人材は、「高コストの教育システム」の中では、生まれにくくなるだろう。単純に考えて、300万円以上の借金を背負った状態で、ハイリスクの成長分野に飛び込むことや、さらなる借金を背負って大学の研究機関や海外留学に挑戦することも、困難だと言わざるを得ない。大学院まで出ると800万円から1000万円ほどの借金を背負うことも珍しくはないのだ(国立大学の大学院の学費も、学部と同じように値上がりしてきた)。

第四に、学生のアルバイトへの依存度が高まる。ブラック企業対策プロジェクトの「学生アルバイト全国調査結果(全体版)」によれば、大学生がアルバイトをする理由として、「生活費を稼ぐため」と回答した者が43.6%、「学費を稼ぐため」と回答した者が15.9%となっており、すでに少なくない学生が学生生活を成り立たせるためにアルバイトに従事していることがわかる。こうした中で、学生であることを尊重しないアルバイトとしての「ブラックバイト」の温床となってしまうだろう(ブラックバイトの具体的な実態や背景については拙著『ブラックバイト 学生が危ない』(岩波新書)をぜひご参照いただきたい)。

ブラックバイトもまた、将来有望な若者の学業や研究の機会を奪うことにつながり、ひいては日本の産業の担い手を枯渇させることにつながることが懸念される。

おわりに

以上見てきたように、国立大学法人の授業料値上げは、若者個人にとって、経済的理由から学ぶ機会を奪われ、それぞれの能力を伸ばしたり、就きたい職業のための勉強から疎外されてしまうことにつながりかねない。大学に進学できたとしても、ブラックバイトで学生生活を阻害されたり、卒業後に奨学金という借金を負う可能性が高まってしまう。そしてそれは、日本社会全体から考えれば、意欲や能力を持った「人材」を無駄にし、生産力低下を招いてしまうだろう。

そうした意味で、新たに選挙権を得た18歳、19歳の若者には自分に関わる切実な問題として、そして、自分たちだけではなく日本社会全体の将来に関わる問題として、学費問題を捉えてもらいたいと思う。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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