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「過労死白書」のポイントとは? 企業側アンケート結果に見える「本音」

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

8日、日本における過労死の実態や防止への取り組みの状況を厚生労働省がまとめた「過労死白書」が、初めて公開された。

「過労死白書 2016」(厚生労働省)

今回の記事では、白書の注目すべきポイントを簡単に紹介し、その意義と今後の過労死・自殺防止対策の課題について考えていきたい。

長年の取り組みによって作成された過労死白書

働きすぎが原因で、命を落としてしまう「過労死」の問題は、1980年代後半から社会的に大きく注目され始めた。過労死遺族の方や、労働問題に取り組んでいた弁護士を中心として、これまで様々な形で過労死をなくす活動が続けられていたが、その取り組みが大きな成果として結実したのが、2014年に制定された過労死等防止推進法であった。

この法律は、具体的に労働時間規制をしたり過労死を出す企業を規制したりするような規定はなくあくまで理念法である。しかし、過労死問題が大きな社会問題であり、国がその対策を進める責務があることが、初めて法律の中で確認された。具体的な取り組みとしては、過労死に関する調査研究、啓発活動の推進や、相談体制の整備などが規定されている。

今回の白書は、その法律の中で毎年提出することが定められた報告書として作られたものである。

今回の白書が明らかにしているポイント

では実際に、今回の白書が公表したデータ中のいくつかのポイントについて見ていこう。

(1)労働時間の長さ

まず注目すべきは、日本の労働時間の推移である。

労働者一人当たりの年間総労働時間は、1990年の2064時間から2015年には1734時間に減っており、一見労働時間が短くなっているように見える。しかし、パートタイムでない一般労働者に絞って年間の総労働時間を見てみると、2000時間前後で高止まりしている。残念ながら「過労死」が問題になった90年代以降も、日本では正社員の労働時間はほとんど減っていないということになる。

また、週49時間以上の労働をしている労働者の割合は、男女合わせて21.3%と、先進国の中で最悪の数字となっている。有名な話であるが、過労死は英語でも「karoshi」と表現される。つまり、過労死は「津波」や「カラオケ」などと同じように、日本の特徴だとさえいえる。このデータからも日本の異常さを伺うことができるだろう。

長時間労働者の構成比(白書内 第1-16図)
長時間労働者の構成比(白書内 第1-16図)

(2)勤務中のストレス

さらに、労働時間が長いだけでなく、その中身についても深刻なデータが示されている。仕事や職業生活に関する強い不安、悩み、ストレスを感じる労働者の割合が2013年の時点で、52.3%にも及んでいるのだ。「過労死」には過重な労働によって、脳心臓疾患を発症し直接的に死に至るものと、それによって精神疾患などにかかり、冷静な判断ができなくなり、自死するに至るものがある。こうした勤務中のストレスは、特に後者の「過労自死」に影響を与える。

実際に、白書では、日本全体の自殺者数のうち、勤務問題が原因・動機の一つと推定される数が掲載されており、2015年には2,159 人となっている。また、原因・動機の詳細別にみると、 勤務問題のうち「仕事疲れ」が3割を占め、ついで「職場の人間関係」が2割となっている。

 勤務問題を原因・動機の1つとする自殺者数の推移(原因・動機詳細別、白書内 第4-3図)
勤務問題を原因・動機の1つとする自殺者数の推移(原因・動機詳細別、白書内 第4-3図)

(3)労災認定件数の少なさ

一方、このような、長時間労働の蔓延や勤務中の強いストレスを感じている人の多さに比べると、実際に過労死と「認定」されている件数は異常に少なくなっている。

労働者の死亡が労働災害と認められる、つまり会社の働かせ方が原因で亡くなった過労死だということを公的に認められた件数が、労災認定件数であるが、2015年の労災請求件数は795件で、そのうち過労死と認定された(支給決定)件数は251件にとどまっている。  

政府がこれ以上働くと健康障害リスクが高まると定めた「過労死ライン」は概ね月80時間の残業であり、これを週労働時間に換算すると約60時間となる。白書では月末1週間の就業時間が60時間以上となる労働者は全体の11.6%とされているが、この状況で、過労死の認定件数が251件というのはあまりにも少ないと言わざるを得ない。

また、精神障害にかかる労災認定件数のうち、未遂を含む自殺者の件数は、2015年は93件である。遺書や家族の証言などから、勤務問題が原因で自殺をした人が2000人を超えているのに、そのうち過労自死と認定されているのは100件にも満たないのだ。

過労死・自殺が労働災害であると認定されるためには、遺族が自ら労働時間の証拠を集め、その死と会社の働かせ方の因果関係を証明しなければならない。家族を失い精神的に辛い中、そうした作業を進めることは大きな困難をともなうものであり、加えて、企業の中には自らの責任を認めたくないが故に、長時間労働やパラハラの証拠を隠滅する企業や、元同僚に箝口令を敷き証言させないケースもある。

労災認定件数の少なさには、こうした遺族が直面する労災申請のハードルの高さ、遺族に対する社会的な支援の少なさが表れていると言えるだろう。 

(だからこそ、被害者・家族の方には末尾の相談窓口を頼ってほしい)

(4)仕事での悩みを誰に相談するか

白書では、仕事上のストレスなどを、相談できる人がいるとする労働者の割合は90.8%となっている。仕事の悩みを外に打ち明けることは、過労死を防止する上で重要であり、これは一見すると好ましいデータのようである。

ところが、その相談相手に大きな問題がある。相談相手のほとんどが、上司や同僚(75.8%)、家族や友人(83.2%)となっており、労働現場での問題を解決する本来的な機関である、労働組合は、相談相手の選択肢にすら入っていない。労働基準監督署や、弁護士についても同様である。

「相談できる人がいる」とする労働者が挙げた相談相手(複数回答、白書内 第2−4図)
「相談できる人がいる」とする労働者が挙げた相談相手(複数回答、白書内 第2−4図)

同じ会社の上司や同僚に相談しても、「みんな辛いのだから文句を言うな」「一緒に頑張ろう」などの返答になりがちなことは容易に想像ができる。それでは根本的な解決にならないどころか、反って当人を追い詰めてしまうこともある。

死にそうになる程働いている労働者に必要なことは、専門的な知識を持った会社の外の相談機関であるが、そのような機関にほとんど誰も繋がっていない。このデータからは、労働問題に対する、社会的な解決機関の未整備が伺える。

同時に、現在も存在する「企業外の相談窓口」に対する認知が著しく低いことも、労災の申請・認定件数の少なさの原因となっていることがうかがえる。

(5)残業するのは「ダラダラしているから」ではない

白書が示す調査では、残業が発生する理由についても企業、労働者双方に尋ねている。これに対して企業が答えた残業が必要な理由(複数回答)は、「顧客(消費者)からの不規則な要望に対応する必要があるため」(44.5%)と、「業務量が多いため」(43.3%)が最も多かった。

一方、労働者(正社員フルタイム)によると、「人員が足りないため(仕事量が多いため)」(41.3%)、「予定外の仕事が突発的に発生するため」(32.2%)、が1位と2位となっている。

注目すべきは、労使いずれも、仕事量や人員不足、顧客対応など、「仕事あるいは会社の都合」が、長時間労働の原因として挙げている点だ。一方、「労働生産性が低いため」(企業)は4.4%、「自身のスケジュール管理不足のため」(労働者)が4.1%と、労働者の能力の影響を重視する回答は極めて少ない。また、「残業手当を増やしたいため」は2.2%であった。

所定外労働が必要となる理由(企業調査、白書内の第2-7図)
所定外労働が必要となる理由(企業調査、白書内の第2-7図)
所定外労働が必要となる理由(正社員・フルタイム労働者調査、白書内 第2−8図)
所定外労働が必要となる理由(正社員・フルタイム労働者調査、白書内 第2−8図)

2014年ごろから、政府の労働時間規制見直しの議論が進む中で、日経新聞を中心として残業時間の長さを、労働者の「ダラダラ残業」が原因だとするようなキャンペーンを展開されていた。労働者が生産性の低いまま、残業代目当てにダラダラと仕事をしていて労働時間が長くなっているのだから、労働時間と賃金との関係を断てば(残業代をゼロにすれば)いいということである。

今回の調査からは、そうした主張の信憑性が強く疑われる結果となった。

今後の課題

冒頭で述べたように、現在過労死等防止推進法は、理念法にとどまっているが、今回こうして過労死白書が出たことは大きな進展といえる。政府の責任のもと、働き方の実態解明が進むことで、過労死を生み出す日本の労働の実態が明らかになり、過労死防止の議論がより活発になるだろう。

今後はまず、長時間労働の実態に加えて、長時間労働が発生する構図のさらなる解明が望まれる。日本では、労働基準法36条に基づく協定(通称36協定)によって、労使の合意で労働時間は青天井に増やすことができるため、労働時間規制が実質的には存在しない状況になっており、長時間労働の温床となっている。

そうした過労死を生み出す原因の分析の中で、労働時間の上限規制など、法規制の整備に関する議論が一層進むことが期待される。

また、より根本的に過労死を生み出す原因を取り除くためには、労働時間を規制するだけでなく、労働量そのものの削減や、職場でのいじめ、パワハラの解消が不可欠である。 

そのためには、法規制の強化とは別に、労使関係の健全化が重要になってくるだろう。

とはいえ、これらの対策が進むのにはまだまだ時間がかかる。白書からは一向に問題が減っていない状況が浮き彫りになっている。だからこそ、何よりも、今現在も苦しんでおられる当事者・家族の皆様には、ぜひ「独りで我慢しないでほしい」と思うし、外部の相談機関を頼ってほしいと思う。

「家族の会」の取り組みが過労死法の制定を後押しし、そして今回の白書の作成につながった。

「独りで我慢しない」ことは、ブラック企業を社会からなくし、「次の被害者」を減らすことにも直結している。私たちを含め、下記に紹介する「外部の相談機関」のスタッフは、被害者を全力で支え、過労死・自殺・鬱を社会からなくしたいと願っている。

相談先

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/

総合サポートユニオン(関東、関西、東北)

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

ブラック企業被害対策弁護団(全国)

03-3288-0112

http://black-taisaku-bengodan.jp/

過労死110番 全国ネットワーク

03-3813-6999

http://karoshi.jp/

参考資料

ブラック企業に入ってしまったとき、どこに相談すればいいか?

『やばい会社の餌食にならないための労働法』(幻冬舎)

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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