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生保行政に蔓延する違法行為 小田原の事件は氷山の一角に過ぎない

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

神奈川県小田原市の生活保護担当職員が、「保護なめんな」「不正受給はクズだ」などの文言が入ったジャンパーを勤務中に着用し、着用したまま受給者宅を訪問するケースもあったということが、17日、市の発表で明らかになった。今回、市はジャンパーの使用を禁止し、担当部長ら7人を厳重注意処分としたようだが、ジャンパーは2007年以降使用されており、10年間にわたって問題は放置されていたということだ。

実は、これまでも生活保護行政による違法行為・人権侵害はずっと繰り返されてきた。私たちは生活困窮者からの生活相談活動に従事してきたが、その現場は凄惨なものだ。

とりわけ2012年に芸能人の母親の「不正受給」報道に端を発する「生活保護バッシング」以降は、厚生労働省や都道府県の指導も無視して「暴走」する自治体まで現れている

問題がなかなか明るみにならないのは、違法行為・生活保護受給者は、被害を告発すれば保護を打ち切られるかもしれないという、圧倒的に弱い立場に置かれているために、何も言うことができないからだ。

行政の違法行為・人権侵害は、(1)水際作戦、(2)命を脅かすパワーハラスメント、(3)貧困ビジネスとの連携、の三点に要約できる。以下ではそれぞれの類型について、事例を交えて紹介したい。

(1)水際作戦

「水際作戦」とは、生活保護を申請しようとする生活困窮者を、行政が窓口で追い返すことである。これは全国各地で日常的に行われている。私が代表を務めるNPO法人POSSEに寄せられる相談の中でも、所持金が数百円、数十円しかない方、幼い子どもを抱えた女性や病気・障害で働けない方の被害は、命にも関わる深刻な問題である。

そのやり方は、「若いから働ける」「家族に養ってもらえ」「住所がないと受けられない」などの理由をつけて「申請書を渡さない」という方法が主流だが、「申請書を受け取らない」という、より悪質な手法もある。

例えば、私たちが対応した舞鶴市の事例では、子どもを3人抱えるシングルマザーの女性が生活保護を申請しようとしたところ、所持金が600円しかなかったにもかかわらず、窓口で追い返された。本人が「申請をしたい」と何度訴えても申請書を渡さず、「帰ってください」「業務の邪魔になる」などと言って対応しなかった上、自作の申請書(※)を窓口に置いて帰ろうとした際には「忘れ物ですよ!」と言って突き返そうとしたのだ。

※生活保護制度では、所定の事項を記載すれば自作の申請書でも申請が認められる。

しかも、申請をしたからといって生活保護が必ず支給されるわけではない。当然、申請後に行政から審査が行われ、必要だと認められた場合に限って支給が始まるのだ。そもそも申請をさせないという行為は、生活状況の審査すらも拒否する行為である。

水際作戦が、不正受給とはまったく無関係の違法行為であり、決して正当化されないことは明らかだろう。

(2)命を脅かすパワーハラスメント

「命を脅かすパワーハラスメント」とは、生活保護受給者に対し、行政が「保護の打ち切り」をちらつかせて、時に死の恐怖を味わわせながら圧迫する行為である。

生活保護を受給した後の支援を行う職員であるケースワーカーは、受給者の生活に全面的に介入することになる。自治体ごとに運営は異なっているが、受給者がただお金だけをもらっているというイメージは誤りで、細かい生活指導が行われているのだ。

問題は、生活保護受給者に対しては、通常は認められないような住民の生活に介入する権限が、行政側に与えられてしまっているということだ。具体的には、保護受給者のプライバシーに侵入する権限をも持っている。金銭の使用や生活実態などが細かに調査される。

被保護者の生活に行政が関与するのは当然のことであるとしても、その「やり方」を間違えば、ひどい精神的苦痛を与えることになることが容易に想像される。

そして、さらに恐ろしいのは、行政の指導に従わなかった場合に制裁として保護を打ち切られる可能性があるのだ。このような、受給者とケースワーカーの絶対的に非対称な関係を背景に、受給後のパワーハラスメントが横行する。

例えば、異性との交際について執拗に調査し、交際禁止の指導をするといったことが行われる。京都府宇治市では、母子家庭の生活保護の申請者に対し、異性と生活することを禁じたり、妊娠出産した場合には生活保護打ち切りを強いる誓約書に署名させていたことが発覚している。

また、大阪市天王寺区では、心臓病で働けない受給者が居候先から引っ越しをする際に、法制度上認められた引っ越し費用を支給せず、転居できなかった。それにもかかわらず、「転居する予定だったアパートに居住実態がない」ことを理由として保護が打ち切られた。

その際、ケースワーカーらは不正受給摘発チームを作り、受給者を尾行したり、アパートの電気やガスのメーターや、郵便ポストの中身までチェックしていたのである。

(3)貧困ビジネスとの連携

貧困ビジネスとの連携とは、行政がヤクザ的な企業・法人や、生活保護受給者をビジネスの対象とする企業・法人(「貧困ビジネス」)の運営する施設に、受給者を半強制的に入所させることだ。

住居を失った生活困窮者が窓口を訪れると、必ずと言ってよいほど「施設に入らなければ申請させない」と言われる。そして、実際に入所するとその居住環境は劣悪であることが少なくない。6畳間に4〜5人が詰め込まれたり、個室があったとしても6畳1間をベニヤ板で二つに仕切っているだけである場合が多い。風呂は週に3回、食事も1日2回、布団や畳に虫が湧いていることもある。このような居住環境でも、保護費のほとんどを施設側に徴収され、手元にはごくわずかしか残らない。

貧困ビジネスで印象的な事例は、病気を患っている患者と同居している入所者からの相談だ。彼は、公衆電話から連絡してきた。同室の老人が、「重い病気なのに病院に行かせてもらえない」。24時間監視され、自分自身も外出が難しい。就職活動をすることも許されないという。

こうした行政とヤクザ的ともいえる貧困ビジネスとの連携は、双方の利害が一致した結果、推進されてきた。行政にとっては、住居喪失者向けの公的宿泊施設を用意するコストを削減できる。また、貧困ビジネスが受給者を1ヶ所に集めて管理をしてくれれば、人手不足に悩む福祉事務所の管理コストも減らすことができる。他方、貧困ビジネスにとっては、公的なお金を安定的に吸い上げることができるわけだ。

恐ろしいことは、貧困ビジネスは被保護者の福祉や社会復帰にまったく興味を持っていない場合も珍しくはないということだ。先ほどの事例のように、あえて病院を受診させない行為(病気が発覚すれば入院することになり、保護費を搾取できなくなる)や、就職活動すら妨害する行為がその典型である。

おわりに

今回の小田原市の事件は、金額ベースで約0.4パーセントしかない生活保護の「不正受給」をフレームアップし、生活保護受給者の全体を「犯罪者予備軍」であるかのように扱い、彼らを威圧している点で、看過できない深刻な人権侵害である。

だがすでに見てきたように、小田原市に限らず、全国の生活保護行政が多かれ少なかれ問題を抱えている。この事件の真相究明を機に、職員に対する教育など、再発防止に向けた実効性のある措置が広まることを期待したい。

尚、ここで挙げた事例は拙著『生活保護 知られざる恐怖の現場』(ちくま新書)で詳しく紹介している。

生活困窮に関する無料相談窓口

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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