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「中絶」を迫る生活保護行政 貧困女性に子どもを「産む権利」はないのか?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

以前、私は小田原市のジャンパー問題が、生活保護行政による違法行為の中の「氷山の一角」にすぎないことを述べた(生保行政に蔓延する違法行為 小田原の事件は氷山の一角に過ぎない)。このことを裏付けるように、私が代表を務めるNPO法人POSSEの相談窓口には、生活保護行政による違法行為の被害者から次々と相談が寄せられている。

3月8日、NPO法人POSSEは行政による違法行為に関する記者会見を行った。今回問題となったのは、行政が妊娠中のシングルマザーに対し、「子どもを堕ろせ」と受け取られかねない発言を投げかけたというものだ。

今回は、その具体的な内容を紹介し、他の事例とも合わせ違法行政の問題点を考えていきたい。

妊娠中のシングルマザー中絶を迫る

今回、被害にあったのは千葉県市原市に在住し、永住権資格を持つ外国籍のシングルマザー、Aさんである。Aさんは、20年ほど前に来日し、日本人男性と結婚、現在高校生の息子がいる。しかし、5年ほど前に離婚し、それから生活が苦しくなっていった。それでも、深夜のスーパーの品出しの仕事を続け、また息子も定時制高校に通いながらアルバイトをすることで、何とかしのいできた。

しかし、今年になって妊娠が判明してから仕事を継続することは困難になった。スーパーの品出しで重い商品を持つこともあり、妊娠中の体には大きな負担がかかるからだ。無理をして働いているうちに、お腹が痛み出すこともあった。そのため、ギリギリ保っていた生活すらも成り立たなくなってしまった。

そこで、Aさんは生活保護を受けようと、市原市役所に助けを求めた。実はAさんは、離婚した直後の5年前にも生活保護を受けようとしたが、少額の貸付だけを渡されて帰されたことがあった。その時の苦い記憶もあったが、意を決して、今年1月中旬に役所を訪れたのだった。

Aさんが生活保護の窓口に行くと、パーテーションだけで仕切られた相談室に連れて行かれ、女性の相談員が対応した。妊娠中で少しお腹が膨らんだAさんが母子手帳を出すと、女性相談員は驚いた様子で、「産むの?」と尋ねたという。Aさんははじめから生むつもりでおり、そもそも生まれ育った国の宗教では中絶をしてはならないと教えられてきた。

そのことを女性相談員に伝えると、「だってあなたは日本にいるじゃない」と言われてしまった。この言葉に中絶を強いる圧力を感じたAさんは、「堕ろせというのですか?」と確認したところ、女性相談員は「そこまでは言わない」と弁解した。堕胎を要求され精神的に打ちのめされたAさんに、女性相談員は追い討ちをかけるように圧迫を続けたという。その中では、息子が高校を辞めてもっと働けばいいという発言もあった。

その後、Aさんは2月初旬にも生活保護の窓口を訪れた。この時には最初に「申請したい」とはっきりと意思を伝えていたにもかかわらず、生活保護は申請できなかった。これ以上働き続けるのは限界だと訴えたAさんに対し、対応した男性相談員は、「妊娠しているからと言って全ての人が仕事をやめるわけではない」「体調が悪くなるまでは働け」「現状はまだ仕事ができているじゃないですか」などと言い、妊娠中のAさんの健康状態を全く気遣うことはなかった。

行政の対応の違法性

Aさんへの市原市の対応の違法性は、大きく三点にわたって指摘することができる。第一に、Aさん本人の意思に反して中絶を迫ることは、当然母子双方に対する重大な人権侵害である。

第二に、妊娠中のAさんに「限界」を超えて就労を求めることも、Aさんの健康状態を悪化させるだけでなく、流産のリスクが高まり、胎児の生命にも関わる問題である。

第三に、生活保護の申請をさせない行為は、生活保護法に違反するということだ。生活保護法第7条では、基本的に誰でも申請が可能であるとされている。外国籍であっても、永住者など一定の在留資格に限定されてはいるが、申請権と保護受給が認められている。そのため、申請意思を持った人を追い返すという市原市のような対応は、「水際作戦」と呼ばれる違法行為である。

(尚、日本の生活保護制度で外国人が優遇されているという誤解が広がっているが、先進諸国では外国人であっても生活保護を受給できることが一般的である。もちろん、外国で生活保護を受給している日本人もいる)

実際に、こうした私たちの違法行為の指摘を受け、後日市原市はAさんに対し、「堕ろせ」と受け取られかねない発言であったこと、申請権侵害を行ってしまったことについて直接謝罪をしている。また、今回の件の再発防止として職員の研修を行うことも約束した。市原市は真摯な事後対応をしており、今後の改善が期待できるだろう。

妊娠中の女性に対する相次ぐ違法行為

実は、生活保護行政による妊娠中の女性に対する違法行為は、保護申請の場面だけにとどまらない。保護受給中の女性が妊娠した際にも堕胎を要求する違法行為が行われるのである。これまでPOSSEには次のような相談も寄せられている。

(1)関東地方在住、夫婦で生活保護受給中の女性が、担当ケースワーカーに妊娠を告げると、ケースワーカーが「どこで堕ろすんですか」などという暴言を吐いた。

(2)関東地方在住で生活保護受給中のシングルマザーが、担当のケースワーカーに妊娠を告げると、生活保護による出産費用の支給はできないと言われた。相手に認知してもらい、出産費用や養育費を払ってもらえという。相手は認知するつもりはないし、経済的にも出産費用や養育費を賄うことが難しいと伝えても、取り合ってくれない。

(1)の事例はもはや説明が必要のない暴言であり、人権侵害である。人々の生存に関わる業務に携わる公務員が、このような発言をすることは決して許されないことである。(2)の事例では、直接的に「堕ろせ」と言っているわけではないが、事実上堕胎せざるを得ない状況に追い込んでいる。

生活保護制度では、出産費用として「出産扶助」が支給されることになっている。もちろん、扶養義務者による扶養は優先される。しかし、相手が認知も援助もしようとしない以上、本人にはそれ以上どうしようもない。制度上も、相手が認知しなければ扶養義務は発生しないのである。本来であれば、そうした事情を踏まえて出産扶助を支給すべきケースである。

最近では出産直前まで仕事を休むことができない人や、経済的な理由から出産を断念する人も増えている。そうしたことから、保護受給者が健康を害するほど働くことや、堕胎することを当然だと思う方もいるかもしれない。だが、そのような権利侵害を認めていくことで、結局は保護を受けていない人々を含む日本全体の「人権の基準」そのものが引き下げられていくのである。

仮に行政の窓口が市民に「堕胎せよ」と指示することが許されるならば、次には職場で「堕胎せよ」と命じることが「合法」になるだろう。

市原市の事例も含めて、違法な生活保護行政による「産む権利」の侵害を許すことは、日本全体で「生む権利」を否定することなのである。

このように、人権侵害をなくしていくことは日本全体の課題であり、私たちは自分たち自身のためにも人権侵害の撲滅に努力しなければならない。

行政による被害を受けたら相談を!

では、なぜ、このような人権侵害や違法行為が頻発してしまうのだろうか。また、どうすれば人権侵害をなくしていくことができるのだろうか。

生活保護行政で問題が頻発する背景には、ケースワーカーと生活困窮者との絶対的に非対象な権力関係がある。生活困窮者はケースワーカーにモノが言えないのである。

ケースワーカーは保護の開始や停廃止を決定する権限を持っているために、違法行為に対し避難すれば、生活保護が受けられなかったり、受けている保護が廃止されてしまうかもしれないという恐怖が生活困窮者の側にある。

もちろん、すべてのケースワーカーが貧困者に冷酷であるわけではない。だが、非対称な関係性や予算削減の圧力によって、深刻な人権侵害を引き起こしてしまいがちなのが実情なのだ。実際に、近年でも保護を拒否された結果としての餓死事件が発生し続けている。意に反して中絶してしまった方も多いことだろう。

このような違法行為に対しては、外部の支援団体が介入しなければ発覚することはまずない。人権侵害の防止のために、積極的な貧困者の支援活動が求められているわけだ。人権は、「不断の努力」によってしか守られないのである。

今回の市原市のケースでも、のちに支援団体のスタッフが窓口に同行することで生活保護の申請が受け付けられた。さらに、本人の意に反して中絶を迫っていると受け取られかねない発言であったことについても、今後の改善が約束された。

こうした支援活動は、お金になることはないし、何かの業績になることも少ない(表彰されたり、一部の企業や法人への就職活動には有利になるかもしれないが…)。だが、それでも、誰かが行わなければならない社会的に必要な行為である。

日本社会での人権擁護活動の広がりに期待したい。

(尚、以上のような経緯もあり、POSSEでは3月12日(日)11:00〜15:00に「生活保護妊娠・出産ホットライン」を開催する。上に述べてきたような、生活保護行政による違法行為の被害を受けたという方はぜひご相談いただきたい。また、同団体では人権支援活動のボランティアを常時募集している。専門家による研修も無料で受けることができるhttp://www.npoposse.jp/activity/soudan_staff.html)。

無料相談窓口

「生活保護妊娠出産ホットライン」

日時:3月12日(日) 11:00〜15:00

電話番号:0120-987-215(通話無料)

メール相談:soudan@npoposse.jp

*相談無料、秘密厳守。社会福祉士及び研修を受けたボランティアスタッフが対応します。

生活困窮に関する無料相談窓口(上記日程以外の受付)

NPO法人POSSE

http://www.npoposse.jp/soudan/sougou.html

電話番号:03-6693-6313

メール相談:soudan@npoposse.jp

*社会福祉士及び研修を受けたボランティアスタッフが、全国からの相談を受け付けています。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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