ビットコイン問題と取引所
仮想通貨ビットコインの主要な取引所であるMt.Gox(マウント・ゴックス)が取引を全面停止する事態となり、その被害は74.4万枚分、約3.8億ドル相当との情報もある。マウント・ゴックスがある日本の政府は金融庁、警察庁、財務省が情報収集しているようで、米当局は複数のビットコイン取引所に召喚状を送付したそうである。欧州銀行監督機構(EBA)はビットコイン保有者に対し、銀行預金のようなセーフティネットはなく、損失を被っても自己責任だと警告した(以上、ロイターの2月27日の記事「ビットコイン業界、マウント・ゴックス問題乗り越え強固なシステム目指す」)。
今回のビットコインの問題については、ビットコインという仮想通貨の在り方とともに、それを取引する仕組みについての問題が明らかとなった。特に「取引所」という言葉がひとり歩きしているが、この取引所とは東京証券取引所のような存在とは全く異なるものであることに注意したい。東京証券取引所などは金融庁の管轄下にあるが、ビットコインは「通貨でない」ため、その取引所は金融庁の管轄下にはない。このため規制対象にもなっておらず、まさにネットを使って私的な取引を行っている場なのである。
ビットコインはMt.Goxのみならず、Coinbase、Kraken、BitStamp、Blockchain.info、Circle、BTC Chinaなどいくつもの取引所が各国に存在している。それぞれのビットコイン取引所では、自国の通貨でビットコインを売買できるようである。ただし、ビットコインの取引には返金の仕組みがなく自己責任となっている。今回のように取引ができなくなり、換金不能となっても誰も助けてはくれない。
本来の取引所とされるものには、株式や債券、さらに米などの商品を売買するため、取引参加者に取り引きの場所を提供するものである。以前は会員がある決められた立会時間に証券や商品を取り引きするために設立した会員組織の法人であったが、現在は東証などを含めて株式会社化されている。
アントワープ(アントウェルペン)に1531年、現在のようなかたちの証券取引所が歴史上初めて設立されたとされる。ブリュージュにおける手形の取引所をモデルにしてつくられたとされるアントウェルペン取引所では、手形や商品などの取引が行なわれていた。アントウェルペン取引所の銘板には「国籍と言語の如何を問わず、すべての商人に役立てるために」とあるそうで、交易の自由が保証され、イギリスやポルトガルなどヨーロッパ各国が商館や駐在員を配置し、資金調達などを行っていた。またアントウェルペンでは「アントウェルペン慣習法集成」という商法も制定され、この商法がオランダの東インド会社の設立に大きな影響を与えたと言われている。また、アントワープでは船舶の売買に加え海上保険といった取引も盛んに行われ、ヨーロッパ最大の商業・金融の中心地となっていった。
1878年に現在の東京証券取引所の前身である「東京株式取引所」が開設された。1878年6月1日に東証のある兜町は、日本最初の株式会社候補のひとつ第一国立銀行が、渋沢栄一を最高責任者として設立された場所であった。名前の由来は平安時代に遡る。源義家が奥州征伐のとき、ここを通り暴風に出会うや、鎧を沈めて竜神に祈って無事を得た。その帰途、近くに塚を築き鎧を埋めて神を祭ったという故事から生まれた兜塚(兜岩)を名前の由来として、明治に三井組等がこの地に集まって兜町と命名した。東京株式取引所が売買立会を開始して以来、120年以上にわたり、アメリカのウォール街やイギリスのシティなどとともに、兜町はわが国の証券市場の象徴的な場所のひとつとされている。
現在の金融の取引所も元々は取引する人々が自然に集まり、そこで取引のルールが決められていった。私的な組合のような組織が政府の管轄下に入り、現在のような取引所が作られていった。
今回のビットコインの問題は、通貨とするのであればそれに最も必要な信用が問題視されることになり、今後、ビットコインが仮想通貨として発展するとするならば、その信用回復が必要となる。価値を維持するシステムもわかりにくく、それも一般への普及を阻害しているように思われる。今後も同様の仮想通貨が生まれてくることも考えられるが、その信用を見極められるかどうかは、我々の自己責任となる。取引所という言葉で、どこかで保護されているかではないかとのイメージは持たない方が良い。