ECBの量的緩和とマイナス金利は両立可能か
日本と他の国では短期金融市場は、似ては居るが異なものである。中央銀行には準備預金制度と呼ばれるシステムが存在する。金融機関は、受入れている預金等の一定比率(預金準備率、法定準備率、準備率)以上の金額を、無利子で日銀に預入れることを義務づけられている。これを準備預金制度といい、これには日銀の当座預金が使われている。
金融機関は預金者保護の立場から常に一定の余裕金を保有し、顧客からの預金引出しに備える必要がある。こうした余裕金のことを準備預金と呼んでいる。金融機関が日銀に預入れなければいけない最低金額を法定準備預金額あるいは所要準備額と言う。
準備預金制度の対象となる金融機関が、法定準備預金額を超えて日銀に預けている当座預金または準備預り金を超過準備と言う。現在、この超過準備に対して日銀は0.1%という利息をつけている。これが超過準備への付利と呼ばれる。
日本の民間金融機関が日々の資金のやり繰りを行う場として使われている場の代表として無担保コール市場がある。そのなかでも翌日物の無担保コールがよく利用されることで、この金利が日銀の政策金利となっている。
これに対してECBが関与している準備預金制度や短期金融市場は日本とやや異なっている。ECBも準備預金制度を使っており、ユーロ圏の金融機関は中央銀行の当座預金に所用準備額を積むことが義務付けられている。ECBはこの準備預金のうち、「所用準備額に相当する分」については一定のレートを「付利している」。しかし、ECBでは「超過準備」については「付利を行なっていない」。日銀は所用準備額には付利はしていないが、超過準備に付利を行っており、ECBとは正反対となっている。
ユーロ圏で民間金融機関が資金の置き場として、ECBの翌日物預金となる預金ファシリティを利用している。ユーロ圏の金融機関にとって、所用準備額を超える資金については、付利がない超過準備として中央銀行の当座預金に預けておくより、利子が付く預金ファシリティを利用することになる(これはあくまで預金ファシリティ金利がプラスという前提)。
この預金ファシリティの金利が政策金利の下限となっており、6月2日現在、ここはゼロ%となっている。6月5日のECBの政策理事会でこの預金ファシリティの金利部分がマイナスになるのではとの観測が強まっている。これがマイナス金利と呼ばれる所以である。
2009年7月にスウェーデンの中央銀行であるリクスバンクは世界で初めてマイナス金利政策を実施した際も、預金ファシリティ金利がマイナス0.25%となった。ただし、リクスバンクもECBと同様に当座預金には付利を行っていなかったため、預金ファシリティから当座預金の超過準備に資金が流れたとされる。
つまり6月5日のECB政策理事会で預金ファシリティ金利をマイナスにしても、超過準備に関する付利についての変更や超過準備の制限等が加えられるようなことがなければ、その資金は当座預金の超過準備に流れる可能性がある。ECBが以前に預金ファシリティ金利をゼロに引き下げた際にも、預金ファシリティ残高が急減する一方で当座預金が急増していた。
このため、もし超過準備に何かしらの変更が加えられなければ、量的緩和策としてECBが国債などを買い入れても資金は中央銀行の当座預金に残る可能性がある。それではそもそもマイナス金利に何の意味があるのかという議論も出よう。そこは期待や気合いでマジックとしか言いようはないが(アナウンスメント効果とも呼ばれる)、金融緩和の意味等はさておき、技術的に量的緩和の可能性は残るとなれば、そこもひとつの隠し球ともなりうる。