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ECBにおける深刻な内部紛争

久保田博幸金融アナリスト

11月6日のECB政策理事会では、政策金利等の変更はなく金融政策は現状維持となった。市場参加者が注目したのは、辞任説まで流れたドラギ総裁の会見であった。

ロイターは4日に一部の政策委員会メンバーが5日の夕食会でドラギ総裁の運営スタイルについて抗議する計画だと報じていたが、どうやらその場で抗議をしたメンバーはいなかったようである。

ロイターはこの記事で、ECB理事会内では現在、ユーロ圏の低インフレ状況への対応策を巡って意見が対立し、関係筋によると24人の理事会メンバー(6人の理事と18の中央銀行総裁)のうち、7~10人がFRB型のQE実施に反対しているとした。

この記事の影響もあってか、ドラギ総裁は追加の非伝統的政策手段の利用については、政策委員会は「全会一致」で賛成している旨の発言があり、理事会メンバーから成る政策委員会内には複数の同盟が生まれていることはないと総裁は説明した。

さらにドラギ総裁は、追加緩和策の準備を事務方に指示したと述べ、表明済みでない政策について理事会で議論したとも発言した。日銀の場合、事務方に指示した、となれば新たな金融政策がほぼ決まったことを示すことになる。しかし今回ドラギ総裁が、表明済みでない政策、つまり議論段階の量的緩和を事務方に指示したとは考えづらい。量的緩和については引き続き反対意見も多く、まだ踏み切れない段階にあると思われる。

ロイターが記事で示した反対者としては、メルシュ専務理事、ラウテンシュレーガー専務理事のほか、ドイツ、オランダ、ルクセンブルク、エストニア、ラトビアの中銀総裁としている。また、スロバキア、スロベニア、オーストリアの中銀総裁も反対の可能性があるとした。

ECBの政策委員のメンバーには専務理事が6名いる。イタリア出身のドラギ総裁、ポルトガル出身のコンスタンシオ副総裁、ベルギー出身のプラート理事、ドイツ出身のラウテンシュレーガー理事、フランス出身のクーレ理事、ルクセンブルク出身のメルシュ理事である。

18のユーロ加盟国は、オーストリア、ベルギー、フィンランド、フランス、ドイツ、ルクセンブルク、アイルランド、イタリア、オランダ、ポルトガル、スペイン、ギリシャ、スロヴェニア、キプロス、マルタ、スロヴァキア、エストニア、ラトビアとなり、この各中央銀行の総裁がメンバーとなる。

インフレファイターと異名を取るとともに、過去の中央銀行の国債引き受けによるハイパーインフレを経験したドイツは中央銀行の国債買入れには当然反対してくる。そのドイツの連銀総裁とともに、ドラギ総裁以前にも国債買入れに反対していたのが、ルクセンブルグやオランダの中銀総裁とされていた。

今回もドラギ総裁個人に対してというよりも、中央銀行による国債買入れそのものに対しての反対意見がドイツ出身のメンバーを中心に出されていると思われる。この反対があったために、ドラギ総裁は国債の買入れを主体とする量的緩和を推し進められず、今年の6月と9月の追加緩和は利下げという手段を取らざるを得なかった。9月には資産買入れも決めたが国債は含まれていない。

今回のドラギ総裁の発言は果たして真に受けて良いものなのだろうか。ドラギ総裁の発言からは、来月12月か1月あたりでのECBによる国債買入れによる量的緩和策を導入する可能性はある。もちろんユーロ圏の景気や物価動向次第という側面はある。ドラギ総裁としては日銀による10月の追加緩和とそれによる円安の動きをみて、早期の導入の必要性を意識したのではなかろうか。しかし、ECBの内部紛争は意外に根深く深刻なものとの見方があることも確かなのである。

日銀は5対4という僅差で押し切ったが、国を跨いだECBでは反対意見が多いものを押し切ると、政治問題ともなりかねない。日銀などよりECBの方がよほど、和を以て貴しとなす、政策が必要となる。それが良いかどうかはさておき、今回の日銀の無理やりな追加緩和に対して批判的な声も出ている。ドラギ総裁も反対意見には慎重に耳を傾ける必要があるのではなかろうか。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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