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10年国債入札でショックが走った理由

久保田博幸金融アナリスト

2月3日の10年国債の入札は、最低落札価格99円42銭、平均落札価格99円87銭となった。最低落札価格は事前予想の100円近辺を大きく下回り、テール(平均落札価格と最低落札価格の差)は45銭となった。応札倍率も2.68倍と前回の3.42倍を下回った。

この入札結果を受けて国債の価格は急落した。急落といっても債券先物は1円以上下げたわけでもなく(100億円の先物で1円下げると1億円損失)、サーキットブレーカーが発動したわけではない。債券先物は当日の高値148円08銭から安値147円23銭まで85銭の下落であった。下げ幅は決して小さくはないが、ショックと呼べるほどの下げではない。しかし、債券市場関係者はこの10年国債の入札結果に大きなショックを受けたことは確かであった。

そもそも国債の入札はかなりマニアック?なものであり、ある程度の国債発行の流れや、これまでの入札動向をみていないと何が実際に起きたのかを理解するのか難しい。しかし、なんとかその説明を試みたい。

国債は入札形式で発行されるが、その入札に応じるのが金融機関である。そのなかでも一定額以上の応札・落札実績があると国債市場特別参加者、つまり日本版プライマリー・ディーラーとなる。入札はこのプライマリー・ディーラーを中心に行われる。

今回の10年国債の入札は利率が0.3%、337回債のリオープンとなった。10年国債などは三か月ごとに償還日が変わる。償還日が同じ物は前回に比べて利回りが0.2%以上変動しないと同じ回号の国債が再発行される(リオープン)。

国債の入札結果で注目すべきは最低落札価格である。プライマリー・ディーラーなどはこの居所を探り合う。昔は投資家の需要を見ながらであったが、現在は投資家動向とともに、日銀の買入でいずれ大きく持っていかれるため、自分の懐状態、つまりどの程度、日銀オペまで保有可能かあたりを中心に考慮されているのではないかと思われる。

最低でも落としたい金額があり、それを落とすためには最低落札価格以上で応札しなければならない。この最低落札価格は事前の相場動向をみておおよその居所が予想値として出てくる。今回は既発の10年国債の利回りが0.3%近辺であったため、100円ちょうどあたりの予想となっていた。

ところが落札結果を確認すると、この最低落札価格が99円42銭と予想値から58銭も下となっていたのである。利回りは0.360%であり予想の0.300%から大きく離れていた。そして、最低落札価格と平均落札価格との差、いわゆるテールが45銭とこちらも10年国債としては、まれにみる大きさとなっていたのである。

この結果が意味するものは何か。これはプライマリー・ディーラーを主体に業者がかなり慎重になっていたためと思われる。投資家のニーズうんぬんより、業者の体力が落ちてきたことがうかがえる。いわゆるリスク許容度の低下である。業者は念のため、下のほうの価格でも応札している。その入ると思っていなかったところまで入ってしまい、何が起きたのかとびっくりしたのである。

手元のデータによるとテールの45銭というのは2003年7月入札時、つまりVARショックと呼ばれた債券相場急落の際の90銭以来となる。テールが40銭以上流れたのは2004年3月の42銭以来となる。

今回、あのVARショックが連想されたとしてもおかしくはない。そもそもVARショックとは日銀の当時の量的緩和を背景にじりじりと買い進まれ、10年債利回りが過去最低をつけ、その反動による国債の急落であった。このきっかけは10年ではなくて、20年国債の入札においてであった。20年国債の利率が0.8%とはじめて1.0%を割り込み、1%割れの国債は買わないとした生保などの声が報じられたのが相場反落のきっかけとなった。今回も1月に20年債の利回りが1%割れとなっていたばかりか、5年債利回りもマイナスとなり、10年債は一時0.2%を割っていた。

ある意味、高値警戒がここにきて出てきていたことも確かであるが、今回、気をつけるべきは国債市場で大きな役割を占めるプライマリー・ディーラーのリスク許容度の低下となる。つまり、国債入札で落とした国債を日銀に売却するまでの期間での相場変動に耐えられなくなりつつあるということになる。

わずかな期間でもその間に相場が大きく下落すれば、損失額は大きくなる。当然ながらその損失を日銀に補填してもらうわけにはいかない。国内の投資家もマイナスの利回りの国債など常識的には買えない。担保需要など限られた要因でなければ、買える投資家は一部の海外投資家などを除き存在しない。しかし、相場がそれほど変動しなければ日銀が時価で買ってくれる。だから業者も安心して国債を落札できた。しかし、相場の変動幅が大きくなると、その構図が大きく崩れつつある。それを示したのが、今回の10年国債入札ショックと言えよう。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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