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根底から崩れつつある岩田理論

久保田博幸金融アナリスト

日銀の岩田副総裁は、2月4日の講演で、量的・質的金融緩和の核心は何かと問われた場合、私は政策レジームの転換によるデフレマインドの払拭とコメントした。インフレもデフレも最終的には貨幣的現象であるから、積極的な金融緩和によってデフレからの脱却は実現できるという考え方に基づいたものだそうである。

「15年以上の長きにわたってデフレからの脱却が果たせなかったのは、「金融政策によってデフレは克服できる」という政策レジームが採用されていなかった(なくとも民間経済主体からそうした信認を得られていなかった)ことに原因の一端があると思います。」(岩田副総裁講演より)

異次元緩和から2年近く経過し、消費者物価指数が前年比プラス0.5%あたりとなっている現状は、現在の日銀の金融政策に対しても、信認を得られていなかったということではなかろうか。

「政策レジームの転換による予想インフレ率の上昇を起点に、複数のチャネルを通じて総需要を拡大させていくというのが、現在の金融政策が想定している効果波及のメカニズム」(岩田副総裁講演より)

この予想インフレ率にこれまで岩田副総裁が使っていたのが、物価連動国債の利回りから算出する予想インフレ率「ブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)」であった。ところが今回の講演では、このBEIのグラフは説明に全く使われていない。

日経新聞電子版によると、副総裁就任直前の2013年3月の講演では、「日銀当座預金が10%増えると、(BEIで見た)予想インフレ率が0.44%上がる」と岩田氏はしていた。ところが、日銀のマネタリーベースは無理矢理な国債買入等により膨れあがる一方ながら、このところBEIは原油安などによる足元物価を反映し大きく下がり、これを見せることは都合が悪くなったようである。

4日の岩田副総裁の会見では、日本の物価連動国債の市場規模が小さいことや、予想インフレ率が安定しているはずの欧米でもBEIが低下していることを理由に、岩田副総裁自らBEI指標としての信頼性に疑問を呈したそうである。

日本の物価連動国債から算出されるBEIの欠陥については、これまでその指摘はあったはずが、いっこうに耳を貸さず、都合が悪くなると、これは間違った指標であったと今頃になって説明するというのはどういうことなのか。「BEIで見た予想インフレ率が0.44%上がる」との根拠を自らひっくり返し、それでもまだ異次元緩和でレジームチェンジができて予想物価が上がって物価目標を達成できると言うのであろうか。

日銀の二度にわたる異次元緩和により、国債市場は麻痺しつつある。残存額が1000兆円もある市場なので、いくら市場機能が後退してもそれなりの出来高はある。相場が乱高下しなければ通常の売買は可能ではある。しかし、問題は2003年のVARショックと同様に、日銀の巨額買入により、大きなショックには耐えられない市場となってしまっていることである。

日銀は2年で2%の物価目標達成がレジームチェンジでできなかったことを素直に認め、債券市場に大きなショックが走る前に債券の市場機能を回復させる責任がある。中央銀行にとっての正常化という出口ではまだ先だとしても、債券市場の正常化を図るための出口政策をショックを与えないようにして速やかに進める必要があるのではなかろうか(そんな方法が果たしてあるのかという大きな問題も残るが)。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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