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日銀の異次元緩和の目的とその結果

久保田博幸金融アナリスト

2013年4月4日に日銀は量的・質的緩和政策を決定した。消費者物価指数の2%という物価目標に対して、2年程度の期間を念頭に置いて、早期に実現するため、マネタリーベース(現金通貨と日銀の当座預金残高)および長期国債・ETFの保有額を2年間で2倍程度とし、長期国債の平均残存年数を現行の2倍以上にするなど、量・質ともに次元の違う金融緩和を行った。あれから約束の2年が経過した。

消費者物価の前年比上昇率2%という「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現するという明確なコミットメントを行った上で、それを裏打ちする「量的・質的金融緩和」という、新しい金融緩和政策を行った。こうした日銀による強い意志と大胆な行動が、企業や家計の期待を抜本的に転換することになると考えていると、2013年5月の講演で中曽副総裁は述べていた。

さらに岩田副総裁も2013年10月の講演で、「2%の物価安定目標を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現すること」について、日銀は「明確に約束している」というコミットメントがひとつの柱となり、もうひとつの柱は第一の柱であるコミットメントを「具体的な行動で示す」ため、マネタリーベースを大量に供給し、2012年末の138兆円から2014年末の270兆円へと、2年間で2倍に拡大することを目指すとしている。

量的・質的緩和から約束の2年が経過した時点で、マネタリーベースは295兆円に膨れあがっており、2014年10月の量的・質的緩和の拡大もあり、当初の想定以上に「マネタリーベース」は拡大し目標は達成されている。岩田副総裁はこの量的・質的緩和が物価上昇にどのように働きかけるかについて以下のように説明していた。

・長期国債を中心とした各種資産の買入れにより、民間にお金を大量に供給することは、名目金利を引き下げる

・マネタリーベースの量を大幅に増やし続ければ、将来、銀行の貸出等が増え始め、その結果、世の中に多くの貨幣が出回るようになる、と市場参加者が予想する。将来、貨幣が増えれば、その貨幣の一部が物やサービスの購入に向けられるため、インフレ率は上昇するだろう、と予想

・名目金利の低下圧力と予想インフレ率の上昇圧力はいずれも、実体経済に重要な影響を及ぼす予想実質金利を引き下げる

・インフレを予想した市場参加者は、運用する資金を、現金や預金、あるいは国債などの債券から、インフレに強い株式(株式投資信託を含む)や土地・住宅(J-REITなどの不動産投資信託を含む)、あるいは円よりも金利の高い外貨建て資産に移そうとし、その結果、株価は上昇し、円安・外貨高になる。

・株高と外貨高により、株式や外貨建て資産を持っている家計の資産価値は増加し、外貨高の効果として輸出の増加も。

・家計の消費が増えれば、企業は消費の増加に応じて生産の増強を図る必要が出てくるため、設備投資に積極的になる。株高や外貨高によって、他社株や外貨を保有する企業(主として輸出企業)の純資産価値が増大し、企業が設備投資を増やす要因となる。これには成長戦略が採用されるのであれば有効ながら、成長戦略がなければ2%の物価安定目標を達成できない、ということを意味するものではない。日本銀行は2%の物価安定目標を達成するための強力な手段を持っている。

(2013年10月18日の岩田規久男日銀副総裁の講演要旨より一部引用)

日銀の2度に渡る異次元緩和により、マネタリーベースは当初の想定以上に拡大した。しかし、肝心の目標とする物価は2%どころかゼロ%からマイナスになろうとしている。

上記の岩田副総裁の異次元緩和の経路の説明のなかの円安・株高については結果としてそうなっている。これが日銀の異次元緩和の成果として良いかどうかは疑問の余地はあるが、そうであったとしても物価には働きかけきれていないことになる。

名目金利も確かに低下し、日本の長期金利は0.2%も一時割り込み、5年債利回りもマイナスとなった。これがすべて日銀の異次元緩和の効果であるとも言えず、欧州の国債利回りの低下にもかなり影響を受けていたが、日銀の大量の国債買入が背景にあることは否定できない。

それでは何を日銀は読み間違えたのか。岩田総裁の講演内容から、円安・株高・名目金利の低下の部分を排除するとその答えが出てくるのではなかろうか。そこに残されているのは肝心の「予想インフレ率の上昇」となる。

つまり日銀の異次元緩和で最も重視されていたはずのものが、ほとんど作用していなかったということになる。これについて消費増税や原油安が大きく影響したというのは岩田副総裁の説明からは矛盾することになる。日銀は2%の物価安定目標を達成するための強力な手段を持っているのではなかったのか。日銀は目標達成の期間を少し延長したようだが、いつまでも目標が達せられないとなれば、残るのは財政ファイナンスを連想されかねない国債主体の巨額の日銀のバランスシートと流動性を失いつつある世界有数の国債市場ということになる。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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