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日銀の利下げへの思惑

久保田博幸金融アナリスト

日銀の黒田総裁は5月15日の『「量的・質的金融緩和」の2年』と題する講演のなかで次のような発言をしていた。

「皆様の実感としても、「物価がどの程度上がると思うか」と聞かれて、2年前と今では違う答えになるのではないでしょうか。「デフレ」という言葉も「デフレ脱却」という文脈以外ではあまり聞かれなくなりました。企業の価格や賃金設定行動も変化しており、10数年来途絶えていたベースアップが、昨年、今年と2年続けて実現しました。こうした事実がある以上、予想物価上昇率が上昇したこと自体は、疑いようがありません」

黒田総裁は予想物価を数値で示すことはせずに、人々の物価観が変化したような気がするという説明をした。これはBEI(ブレーク・イーブン・インフレ率)などで示すよりは良いとは思うが、予想物価に最も働きかけるとされる現実の物価指数はここでは差し置いている。

「欧米の研究などによれば、経済・物価に対して長期金利の低下は短期金利の低下の数倍の政策効果を持つとされています。また、「量的・質的金融緩和」がイールドカーブ全体を下押ししている効果について実証分析を行ったところ、同じ効果を短期金利の引き下げのみで得ようとすれば、2%程度の引き下げが必要になるという結果が出ました。」

予想物価が総裁の指摘通りに異次元緩和で上がったとしよう。さらにこの長期金利の押し下げ効果(ただしそれはマイナス0.3%程度でしかない点も指摘している)により、実質長期金利が低下して、それにより異次元緩和の効果が出たとしている。

ここで気になるのは、この総裁の発言だけでなく、先日の企画局の「量的・質的金融緩和」:2年間の効果の検証』というレポートでもそうであったが、マネタリーベースの増加による影響は無視して、長期金利の低下による効果を殊更、強調している面である。むろん、マネタリーベースが2倍になっても自動的に物価が上がるという理論通りに行かなかったことで説明の矛先を金利に向ける意味合いがあったのかもしれないが、これは別の憶測も呼びやすい。

ここにきての日本の債券市場は一時の下落相場から回復している。これはドイツを中心とした長期金利の急反発が収まり、買い戻しの動きが強まったことの影響が大きかったはずである。たしかにその影響が大きかったとは思うが、中短期債の買われ方などをみると何かしらの思惑が出ていた可能性もある。

14日には一部の業者がかなり大口の取引を国庫短期証券で行ったとの観測があった。これは日銀の国庫短期証券の買入額の増額観測が影響しており、それにより中期債にも波及したとの見方もあろうが、15日の2年債利回りはマイナス0.015%に低下している。

14日からの日本の債券の反発も利回り低下幅からみれば超長期ゾーンが大きいものの、商いは薄かった。低下幅は超長期よりも小さいが、かなりまとまった商いがあったのが、長期債とともに中短期ゾーンとなっていた。ここには欧米の利回り低下だけでなく、別途「期待」が出ていたとしてもおかしくはない。

日銀は本来の金融調節の目標である「マネタリーベース」による効果を封印してきているかにみえる。その分、長期金利の低下による効果を強調している。ECBの関係者からはECBが量的緩和を行ったら即時に効果が出たかのようなコメントもみられているが、ECBの量的緩和の目的は長期金利の押し下げであった。

こうなると日銀はいずれマネタリーベースという目標をそっと取り下げて、金利に戻し超過準備の付利を含めて、政策金利の引き下げを行うのではないかとの観測も出ていたとしてもおかしくはない。むろん現時点ではマネタリーベースが目標である限り、黒田総裁の発言にもあったように付利の引き下げ、撤廃は考えていないと答えざるを得ない。

今週、21日、22日には日銀の金融政策決定会合が開かれる。それに向けての思惑的な動きがと出ていた可能性がある。ただし、目標をマネタリーベースから金利に戻すとなれば、その効果がなかったことを認めることになり、日銀の金融政策への信認を低下させかねない。現実にそれをするためには、総裁や副総裁が代わらなければ無理ではなかろうか。金利への政策目標の変更の可能性は極めて薄いながら、思惑が少しでも働いていたとすれば、今週の金融政策決定会合の動向は市場にとっても要注意となる。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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