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日銀は厳格な物価目標から離脱の気配

久保田博幸金融アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

日銀の石田浩二審議委員は7月30日の京都市内の講演後の会見で、日銀の金融政策の枠組みは柔軟なインフレーション・ターゲットとし、厳密な消費者物価上昇率2%を目指すものではないとの認識をあらためて示した。さらに、石田委員は講演の資料で、物価の基調的な動きを示すものとしてあらたなグラフを持ってきた。それは帰属家賃とエネルギーを除いたグラフである。

その前に、7月の金融経済月報における「消費者物価の基調的な変動」のグラフには、6月までなかった「除く生鮮食料・エネルギー」のグラフがそれとなく差し込まれていた。原油価格の下落により、消費者物価指数(除く生鮮)の前年比は縮小した。しかし、エネルギー関連を除くとその落ち込みは緩やかなものとなる。さらに、生鮮ではない食料品の値上げが続いていることで、ここにきては緩やかに上昇しつつある。日銀総裁は会見で何度も繰り返しているように物価の基調はしっかりしていることを示すにはちょうど良い指標となり、月報にも取り上げたものとみられる。

7月16日にブルームバーグは「西村東大教授:「2年あり得ない」、無理に2%目指すとゆがみ」との記事において、前日銀副総裁の西村清彦東大教授による興味深い発言を伝えていた。2%の物価上昇を達成するためには、帰属家賃に制度的な下方バイアスがあるため、このマイナス分を他のものでカバーする必要がある。しかもそれは他のものが前年比2%を大きく超えるものとならなければ、全体としての前年比2%達成は困難となるとの指摘である。帰属家賃を除いた数字でみれば、下方バイアスは掛からなくなる。

石田委員の講演指標にあったのは、総合(除くエネルギー・持ち家の帰属家賃)のグラフと総合(除くエネルギー)のグラフ、そして総合(除く生鮮食品・エネルギー)であった。このうち2015年5月の数字をみると総合(除くエネルギー・持ち家の帰属家賃)は前年比プラス1.5%、総合(除くエネルギー)がプラス1.2%、総合(除く生鮮食品・エネルギー)はプラス0.7%となっていた。5月の総合(除く生鮮)はプラス0.1%であった。

石田委員は、帰属家賃によって物価には下方バイアスがかかりやすくなっており、「今のままで物価2%を目指すためには、除く帰属家賃で2.4%に上げなければいけない」と指摘し、家計が支払う対象物の物価が2%に達しているにもかかわらず、帰属家賃の問題で物価が目標に達していない場合、「まだ目標に行かないから、どんどん一般物価を上げなければいけないような金融政策を推し進めていくことに疑問を持っている」と語った(ブルームバーグ)。

これは石田委員の個人的見解なのだろうか。7月の金融経済月報に6月までなかった「除く生鮮食料・エネルギー」のグラフがそれとなく差し込んだのは石田委員ではないと思われる。日銀としては総合やコア指数では異次元緩和の効果を見せることが難しくなり、そこでまずエネルギーを省き、さらに帰属家賃も省いて物価の基調はしっかりしていることを、ここにきて殊更強調するようになった。これは日銀の姿勢に変化があった徴候のように思われる。

2%の物価目標を厳格に守ろうとすると帰属家賃の下方バイアスが掛かることで、このマイナス分を他のものでカバーする必要がある。しかもそれは他のものが前年比2%を大きく超えるものとならなければ、全体としての前年比2%達成は困難となる。西村氏は「原油価格にもよるが、1~1.5%は比較的早く可能だと思う。しかし、帰属家賃の存在は大きいので、それ以上にふかす必要が本当にあるのか、もう一度考え直す必要がある」とも発言したが、まさに日銀はそれを考え直し始めた可能性がある。日銀はフレキシブルな物価目標というグローバルスタンダードな政策にやっと舵を戻すことを意識し始めているのではなかろうか。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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