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JASRACを気にせずに音楽を演奏できるのはどのような場合か

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
出典:いらすとや

音楽教室での教師の模範演奏にJASRACの許諾が必要なのかという論点について前回書きました。この機会に、JASRACを気にせず演奏できる場合はどのような場合かについて整理してみましょう。なお、複製や公衆送信等の他の利用形態については長くなるので触れません。あくまでも演奏(歌唱も含みます)の話です。

1) 演奏権の対象でない場合

前回も書きましたが、著作権法の演奏権(22条)は公衆に対する演奏にのみ及びますので「特定少数」に対する演奏にJASRACの許諾が必要となることはありません。

ジョークとして「そのうち鼻歌を歌ってもJASRACが金を取りに来るようになる」なんてことが言われますが、「ネタにマジレス」するとそのようなことはあり得ません。友だちの誕生会で歌うとか、会社の宴会で歌うとかも同様です。

ついでに書いておくと、著作権法での「公衆」には「特定多数」も含まれます。(会員制のコンサートで特定の人のみに対して演奏しているので演奏権は及ばないという脱法行為を避けるためとされています)。

2) 演奏権の権利制限規定がある場合

演奏権が及ぶ場合でも、著作権法上の権利制限規定(著作権が制限されるということなので、演奏する立場から言えば自由に利用できる場合ということになります)に相当する場合は許諾不要です。演奏についての代表的な権利制限規定は38条1項(営利を目的としない上演等)です。

第38条1項 公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金(いずれの名義をもつてするかを問わず、著作物の提供又は提示につき受ける対価をいう。以下この条において同じ。)を受けない場合には、公に上演し、演奏し、上映し、又は口述することができる。ただし、当該上演、演奏、上映又は口述について実演家又は口述を行う者に対し報酬が支払われる場合は、この限りでない。

つまり、非営利・無報酬・入場無料という3つの条件が満足されれば許諾は不要です。学校(小中高大)の音楽の授業での演奏はこのパターンです(学校については(私立校であっても)非営利とされますし、音楽の先生は給料はもらっていますが音楽の演奏への対価ではないので38条1項は適用されます)。アマチュアバンドによるチャリティコンサート、学校の文化祭での演奏等も(入場料を取られなければ)同様です。ただ、たとえば、地元商店街の客寄せでアマチュアバンドが入場無料のコンサートを行なうといった場合には、宣伝活動ということで「営利目的」とみなされる可能性が高いです。

音楽教室のケースで言えば、少なくとも非営利とは言いがたいのでこの条文の適用は無理筋と思われます。

なお、一部報道等で「(音楽教室での演奏は)教育目的なので許可は不要なはず」という意見が聞かれることがありますが、日本の著作権法には学校その他の教育機関における「複製」に関する規定(35条)はありますが、演奏についてはそのような規定がないため、教育目的であることを理由に演奏権の許諾は不要と主張することは(心情的にはわかりますが)法律的には意味がありません(繰り返しますが、学校の音楽の授業での演奏が許諾不要なのは教育目的だからではなく、非営利・無報酬・入場無料だからです)。

3) 演奏者に代わってJASRAC支払いが行なわれている場合

上記のケースにあたらず、JASRACへの利用料支払義務が生じている場合であっても、演奏者自身がJASRACへの支払いを気にしなければならないケースはあまり多くありません。

たとえば、ライブハウスで演奏する場合であれば、ライブハウス側がJASRACと契約して、席数・広さ・売上げ等に応じた所定の包括料金を払っていますので出演者は著作権の権利処理手続や料金支払いを気にする必要はありません。律儀なライブハウスであれば、どこかにJASRACとの契約を示すステッカーが貼ってあるはずです。

一方、ホールやイベントスペースを借りて行なうコンサートでJASRAC管理曲を使用する場合には、演奏者自身(またはコンサート主催者)が個別にJASRACとの手続を行なう必要があります(アマチュアミュージシャンであっても入場料を取る場合には手続が必要です)。

ちなみに、今回問題になっている音楽教室への著作権使用料請求の話がもしJASRACの主張通りに合意に至ったとすれば上記のライブハウスのパターンになります。つまり、生徒さんが個々の曲の著作権料を気にしたり、先生がJASRAC管理曲を練習できなくなったりするといったことはなく、音楽教室が所定の料金を払えば済むことになります。現在、JASRAC側が要求している金額はレッスン料総額の2.5%なので、仮にこの条件で合意に至って、音楽教室が生徒に全額転嫁してきたと仮定すると、たとえば、現在月謝が10,000円であったならば、10,250円になるということになります。たいしたことないじゃないかと思う方もいれば、たとえ、1円でも根拠のない金を払うのは許せないと思う方もいるでしょう(ただ、これをもって「JASRACは日本の音楽を殺してる」なんていうのはちょっと言い過ぎかと思います)。

4)大目に見られている場合

たとえば、ストリートミュージシャンがJASRAC管理曲を歌って投げ銭を受け取っている場合には、厳密に言えばJASRACの許諾が必要ですが、JASRAC側もいちいち権利行使もしていられないので大目に見てもらえるでしょう。そもそも、ストリートミュージシャンは、著作権法の話以前に道路の使用許可の点でも(一部自治体における公認のケースを除き)本来なら違法だが大目に見られているだけの話です。言うまでもないとは思いますが「合法である」というのと「本来違法だが大目に見られている」のは違うので注意喚起的に書いてみました。

追記:当たり前すぎる話なのでうっかり書き忘れましたが、JASRACに信託されていないオリジナル曲(または他人の曲でその他人の演奏許可をもらった曲)、および、著作権が切れたパブリックドメインの曲のみを演奏する方法ももちろんあります。

また、いろいろと書いたので「ヤヤコシー!」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、アマチュアバンドの立場でJASRAC管理曲を演奏する際に現実的にJASRACとの手続が必要なのは入場料を取るコンサートをホール等でやる場合だけです。そんなにややこしくはないと思います。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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