Yahoo!ニュース

ベルギーのテロ・ネットワークの概要

黒井文太郎軍事ジャーナリスト
パリ同時テロの実行犯たち(ISがネットにアップした声明ビデオから)

3月9日に上梓した新刊拙著【イスラム国「世界同時テロ】(KKベストセラーズ/黒井文太郎・著)で、海外のISネットワークについて詳述しました。その中からベルギーのテロ・ネットワークの概要を解説した部分の一部の内容を紹介します。

アブデスラムは首謀者ではなくロジ担当&運転手役

(略)ところで、実行犯グループが使用した車両を調達した前述のサラ・アブデスラムは、事件後、その姿をくらませている。アブデスラムはテロ作戦の際も車の運転を担当したものと思われる。シリアに逃亡してISに合流したとの観測があるが、確認されてはいない(※筆者注:ベルギーに潜伏しており、3月18日に逮捕された)。

サラ・アブデスラムは事件の首謀者と思われるアバウドの仲間であり、今回のテロ計画では、2015年8月初めから、仲間とともにフランス、ベルギー、イタリア、ハンガリーなどを行き来して、アジトの設置や車両の調達などのロジスティックスで中心的な役割を果たしていたことが、捜査当局の調べで判明している。

前述したように、フランスは2014年からイラクでの対IS空爆には参加しているが、シリアでの空爆を開始したのは2015年9月である。ISは声明で、パリ同時テロはフランスの空爆に対する報復であることを明言しているが、シリアでの空爆開始よりは前に準備をスタートさせていたようだ。

サラ・アブデスラムと事件前後に行動を共にしていたとみられるのが、やはりベルギーのモレンベークの仲間であるムハンマド・アブリニという男だ。アブリニはテロ事件でもアブデスラムと同じく車両の運転を担当したとみられており、国際手配されている。

また、彼らの他にもテロ事件のバックアップに関わった容疑で、モレンベークのイスラム過激派仲間が数名逮捕されている。

ベルギーからISに合流した戦闘員は500人、モレンベークからは30~35人

以上のように、テロ実行犯はいずれもISの戦闘員だが、その中核はベルギー人もしくはベルギーで生まれ育ったフランス人である。また、人々の殺害に直接加わっていなくても、テロの支援に関わった人脈の多くは、首謀者アバウドの仲間であるベルギーのモレンベークのイスラム過激派だ。つまり、パリ同時テロは、ISの中のベルギー人脈が中心になって企画・実行されたものといえる。

ベルギー当局によると、ベルギーからシリアとイラクでの戦闘に参加した人数はのべ500人程度。そのうちベルギーに帰還したのは2015年10月時点で134人とのことだ。

初期の参加者にはまだIS台頭の前時点でISに参加していなかった人もいるだろうし、帰還者の全員がテロ人脈に合流したわけではないだろうが、おそらく100人以上のIS帰りの人脈があり、その周辺にその何倍ものシンパがいるものと思われる。そうした人脈から、シャリア4ベルギーなどの過激派組織が形成されているのである。

この百数十人のIS帰還者というのは、たとえばフランスの千数百人に比べたら10分の1レベルの人数だが、人口比で考えると、ベルギーは西欧でも突出してIS参加者の比率が多くなっている。なお、モレンベーク地区当局によると、同エリアからは30~35人程度がISに参加していて、うち把握されているだけで10人程度がすでに帰国しているということである。もっとも、こうしてみると、ベルギーではモレンベークだけが過激派の巣窟というわけではなく、各地のイスラム・コミュニティにこうした過激派ネットワークが広がっていることがわかる。

IS内リビア系部隊「バッタール大隊」と関連

ベルギーからこうしたIS志願者が多く出ているのは、そういう扇動を行い、ISに紹介できるキーマンが移民社会の中に存在しているからと考えられる。ベルギーはとくにモロッコからの移民が多い国だが、じつはベルギーのイスラム過激派人脈は、リビアの過激派人脈と強いコネクションがある。

そのリビアの過激派グループは「バッタール(剣)大隊」という組織だ。この組織は2012年12月に結成され、もともとはリビアで活動していたが、まもなくシリアに拠点を拡げ、ISの指揮下に入ったのである。

このバッタール大隊の人脈で、ベルギーおよびフランスでは、これまでもいくつかのテロ事件・テロ未遂事件が起きている。その多くで、今回のパリ同時テロの首謀者とみられるアブデルハミド・アバウドが関与しているのだが、彼も2013年からシリアでISのバッタール大隊に参加し、幹部格になっている。

バッタール大隊には、ベルギー国籍のモロッコ系移民だけでなく、同じフランス語話者であるフランス国籍の人間も多数参加しているようだ。今回のパリのテロはおそらく、アバウドを中心とするバッタール大隊のフランス語話者グループが計画し、現地の戦友(おそらくイラク人)や、モレンベークのシャリア4ベルギーの仲間を協力者として組み込んで実行されたものと推測される。

パリ同時テロはIS中枢が承認したテロ

ISのテロというのは従来、東アフリカの米国大使館あるいはアメリカ東海岸といった標的を決めて、工作員を送り込み、時間をかけて計画を準備するような初期のアルカイダとは違い、(9・11以後のアルカイダも同じだが)基本的には各地にいるシンパが自分たちで発案してテロを企画してきた。つまり、「標的を決めてテロを計画する」のではなく、「たまたまテロ志願者がいる国でテロが起きる」わけだ。

ところがパリ同時テロでは、犯行グループが、IS最高指導者の命令で派遣されたと事件前に撮影されたビデオ映像で証言している。それが事実なら、IS指導部が自ら海外でのテロ工作を主導的に命令したということで、従来とは違う海外テロ工作重視に戦術を変えた可能性がある。

もっとも、このビデオ証言だけでは、前述したように、最初にテロを発案したのがIS指導部なのか、現地戦闘部隊内の外国人グループなのかが判然としない。しかし、仮にIS指導部が発案したものだったとしても、やはりそれは実行グループが土地鑑のある出身国で、地元の仲間の支援を得て行うものことになる。アルカイダの9・11テロのように、まったく土地鑑のない「敵地」に密かに潜入するといったことではない。

今後も必ずテロは頻発する

ISの中枢は現在、海外でのテロ(彼ら自身は聖戦=ジハードと思い込んでいる)をさらに扇動する方向にある。トルコが国境管理を厳しくしたため、越境が以前ほど簡単にはいかなくなっているからだ(ただし、シリア側ではいまだ100km程度の国境線はISが押さえており、不法な越境を完全に防止することはできない)。

今後、シリアやイラクの各地で活動するIS現地戦友グループが、同様の事件を自分たちの出身国で再び起こすかどうかは不明だ。もっとも、こうしたテロに触発されて「自分たちも」と考えているローン・ウルフ型テロリスト(組織に関与しない一匹狼的なテロリスト)が各地に大量に存在する。彼らは今後も、競うようにテロを試みていくだろう。

ISが扇動するイスラム過激派テロは、いまや間違いなく大流行期に入ったとみるべきである。(了)

一連のテロでモレンベークばかりが注目されているが、上述したように、モレンベーク以外のベルギーの町からも多くの義勇兵がISに参加している。モレンベークは人口約10万人で、そこから30~35人(判明しているだけだが)。それに比べて、ベルギー全土からは、人口約1100万人から約500人である。人口あたりの割合からすれば、モレンベークはたしかにベルギー全土平均よりは多いが、「モレンベークだけがテロの温床」というわけではない

上述した「ベルギー4シャリア」というのは、ベルギーのイスラム系移民社会に根付いている親IS系のイスラム過激派組織。本拠地はアントワープである

上述したように、アブデスラムは指導者ではなく、仲間のひとりに過ぎない。したがって、一部に言われている「アブデスラム逮捕に対する報復」という動機は考えられない。テロの規模からいって、即席で準備できる内容ではなく、もともと大規模テロが計画されており、仲間が逮捕されるなど当局の追及が迫ったために、残りのメンバーで早めに実行したということであろう

軍事ジャーナリスト

1963年、福島県いわき市生まれ。横浜市立大学卒業後、(株)講談社入社。週刊誌編集者を経て退職。フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、月刊『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。ニューヨーク、モスクワ、カイロを拠点に海外取材多数。専門分野はインテリジェンス、テロ、国際紛争、日本の安全保障、北朝鮮情勢、中東情勢、サイバー戦、旧軍特務機関など。著書多数。

黒井文太郎の最近の記事