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「トランプ現象」の虚実:「深読み」とメディアの論理

前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授
支持率上では「快進撃」を続けるドナルド・トランプ(写真:ロイター/アフロ)

現在までの共和党大統領選候補者争いの中で、やはり特筆されるのが、ドナルド・トランプの「快進撃」であろう。この「トランプ現象」の要因を深読みし、「かつてないようなアメリカ政治の根本的な地殻変動」という見方もある。ただ、この現象は、どこまで本物なのだろうか。考えてみたい。

(1)人気を集めるテレビの有名人

ほとんどのアメリカの国民にとって、トランプは、テレビのバラエティ番組に頻繁に出演し、あっと驚くような放言で世間を騒がせる不動産成金、といったところだろうか。何度か大統領選や知事選への出馬をにおわすなど、過去に政治的な野心を見せたことはあったが、テレビの有名人の域を超えない。

そもそも泡沫候補にすぎないトランプが、これまでの各種世論調査では共和党の立候補者の中ではトップに立ち、共和党支持者の中で30%近い高支持を集めている。さらに奇妙なのが、退役軍人批判や女性差別につながる発言にしろ、通常なら大きなダメージとなる失言に近い放言を繰り返せば繰り返すほど、むしろ支持率が高くなっていることである。強硬な移民排斥や中国の為替操作、さらには、日本の安保ただ乗り批判など、まともな「政策」といえないような放言も支持者には好評のようだ。

トランプ現象はどう考えてもありえない。一方で、このポピュリズムを絵に書いた男を支援するような何か大きな変動がアメリカ政治に起きているのではないかと深読みをすることができる。

深読みはいくつでもできるが、主なものは2つであろう。

(2)国民の政治不信

まず、国民のアメリカ政治に対する強い政治不信がこの現象を生み出していると解釈できる。オバマ大統領への支持率は不支持の方が支持を上回ることも頻繁にあり、現在も40%台と長年低迷を続けている。大統領に対する支持よりもひどいのは、連邦議会への支持率でこれは、ここ数年、10%台という史上最低レベルを続けている。

2016年選挙の主役とみられている候補たちは、国民にとってこの既存の政治にどっぷりつかった人物とみられているのかもしれない。共和党の予備選争いの最大のライバルである、ジェブ・ブッシュにしろ、民主党で一番人気のヒラリー・クリントンにしろ、10年前、20年前の手あかのついた感がある。共和党の中でスコット・ウォーカーら本流ともいえる候補が軒並み、支持率で伸び悩んでいるのも、既存のエスタブリッシュメント距離の近さが一因となっていると解釈できる。

アメリカ国民は既存の政治に飽き飽きしている中、全く新しい斬新さをトランプに求めているのかもしれない。ちょうど、リアリティ番組の『アプレンティス』のように、トランプなら、「ユー・アー・ファイヤード(お前はクビだ!)」と既存の政治家にノーを突きつけてくれるかもしれない、という期待である。

(3)政治的分極化のなれの果て

「トランプ現象」のもう一つの深読みが、最近のアメリカ政治を象徴する「政治的分極化(政治的両極化)」のなれの果て、という見方である。政治的分極化とは、リベラル派と保守派で世界観が真っ二つに割れる度合いが進み、しかもリベラル派と保守派内での結集も目立つ「2つのアメリカ」現象である。国民世論にしろ、議会内での議員の行動様式にしろ、分極化が目立っている。

分極化がさらに進み、移民排斥を主張する層など、より右に向かっている共和党の中の層がさらに台頭し、トランプを支持しているのではないかと解釈できるである。つまり、トランプを押すほど、右が右に行きすぎてしまっている、という見方である。

共和党支持者の中でも最も国際的感覚に疎い層がトランプを押しているとすると、トランプがまかり間違って当選した場合、その後の政策はその層に引きずられる部分もあるため、国際的な反発も危惧される。

(4)メディアの「競馬予想」

ただ、筆者はいずれの深読みも基本的に正しいものの、やや拡大解釈すぎると強く感じている。というのも、大統領予備選をみつめる政治関係者・マスメディアと、一般の国民とはかなりの温度差があるためである。

過去30年間、アメリカの大統領予備選は毎回、どんどん前倒しされる傾向にある。各候補者は正式立候補前に予備選が始まる2年ほど前から、予備選段階の最初を戦いとなるアイオワ州やニューハンプシャー州に入り、組織作りを始めたり、テレビで選挙CMを放映することもある。これは最初の段階で勝利し、選挙戦に勢いをつけるためだが、この長期化する「影の予備選」の動きをマスメディアは頻繁に伝えるだけでなく、今年のように予備選が実際に始まる半年も前から連日報道を続ける。ただ、その報道は「誰が本命の馬か」「誰が対抗馬で、だれがダークホースか」などの支持率をめぐっての競馬予想が中心である。政策についての報道は極めて少ない。

それもあって、国民はそれぞれの候補の政策上の立ち位置などをしっかり理解しているとは到底思えない。実際、トランプは富裕層増税などリベラル的な政策も打ち出しているが、メディアはわかりやすい移民排斥政策ばかりを伝える。トランプの政策については、減税をどうしたら達成するのか、これまでの発言ではさっぱりわからない。もちろん外交もほとんど未知数だ。情報が少ない分、共和党の最右翼に位置するような「分極化のなれの果て」の層は誤解している気もする。

影の予備選が早く、長期化する中、メディアは競馬予想には大騒ぎだが、政策論は置いておかれている。支持者に対するまともなデータもない中、候補者の政策に全く疎いまま「しょっちゅうテレビでみる、エネルギッシュに叫んでいる人」を国民は「支持」といっているだけのような気がしてならない。

(5)真の現象になるか

大統領選挙は候補者が長期戦の中、もまれながら成長を続けていく。その成長物語を国民が自分たちの物語として共鳴しながら、見ていくプロセスがユニークだ。

トランプが予備選の実際の開始後も支持を高めているには、かなりの困難が伴う。トランプが候補者として“成長”し、自分の政策を理解させたうえでより多くの支持者を取り込めるようになるまで、「トランプ現象」は割り引いてみておいた方がいいであろう。

上智大学総合グローバル学部教授

専門はアメリカ現代政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版,2011年)、『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著,東信堂,2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)等。

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