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2016年アメリカ大統領選:バーニー・サンダースの「青春物語」

前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授
若者に囲まれるバーニー・サンダース(写真:ロイター/アフロ)

(1)遅れた青春物語

自称・民主社会主義者のサンダースは連邦議会の中でも最左翼に位置し、無党派として民主党と統一会派は組んでいたものの、様々な軋轢を繰り返してきた一匹狼だった。

ファーストレディ、上院議員、国務長官とまぶしすぎる経歴のクリントンに対し、サンダースは74歳と超高齢で、資金も組織も脆弱。大統領選挙では民主・共和の二大政党では党指名を受けたことがないユダヤ系。昨年春には無党派のままで民主党の指名獲得争いに立候補し、そのことで民主党支持者からもかなりの批判があった。そもそもサンダースに勝ち目は全くなかった。

しかし、状況が変わってくる。最初は閑古鳥が鳴いていたサンダースの集会に、若者が一気に集まってきた。秋ごろから各大学をめぐってのサンダースの集会はどこも超満員で、徹夜で並んで入りきれないこともあった。

それとともに「平均27ドル」というサンダースの演説では必ずふれられる超小口の献金が集まってきた。この超小口献金は大きな意味を持っている。というのも、小口であるのは、若者たちの情熱の証明であるためだ。

若者たちは限られた小遣いの中からの献金するだけにとどまらず、街に出て、サンダースの訴える理想の素晴らしさを伝えていった。こうしてサンダース支援のボランティアの輪が加速度的に大きくなり、選挙組織が次第に強靭になっていく。若者だけでなく、上の年代のリベラル派もサンダースに集結していく。

出馬を決めた直後のサンダースの支持率は3%。一時期はクリントンと40ポイント以上の差があったサンダースの支持率も、12月ごろには急上昇を続け、その勢いで予備選に突入する。アイオワ州党員集会(2月1日)の段階では、全米では15ポイント以内に一気に迫り、ニューハンプシャー州などいくつかの州ではクリントンを破っていった。

大統領選挙は成長の物語をテレビ画面の向こう側とこちらが共感しながら展開する壮大なドラマである。2016年選挙は、稀代のエンターテーナーであるトランプの「大統領への道」とでも名付けた方がいい「リアリティショー」とともに、長い政治家人生で初めて脚光を浴びたサンダースの“遅すぎた春”の物語に、アメリカ国民は(あるいは全世界は)熱狂した。

先日お目にかかった、私のアメリカ留学時代の師匠も「サンダースを“うさん臭い”とずっと思っていたが、ここ半年で見方が変わった。リベラル派の私にとって、唯一支援できる魅力的な候補だ」と入れ込んで話していた。

(2)“賢者”の魅力:「スターウォーズ」のヨーダ、「七人の侍」の勘兵衛

それでは何が若者たちやリベラル派を動かしたのだろうか。もちろん、よく指摘される「格差」や若者のおかれた将来の不透明感も、もちろんある。一方で、その閉塞感の打開を見事に理念化したサンダース自身の魅力も大きい。

サンダースの演説は年季が入った大学の名物教授の話や講談風の名調子である。普段は温厚だが、話は深淵。時折ポイントで鋭く、厳しく畳みかける。年齢も加わって、「スターウォーズ」のヨーダや、志村喬演じるところの「七人の侍」の勘兵衛といった賢者にみえる。猫背だが、ジェダイの服装も侍の恰好も意外と似合うかもしれない。

サンダースの演説のつかみはいつも同じだ。「私がしたいのは政治的革命だ」。これで「この人は何を話すのだろう」とまず、ぐっと引き付けられる。これに続き、「億万長者が牛耳る世界にうんざりしていないか」と畳みかける。「1%が世界をコントロールする世界」に対する批判は、全米を2011年に席捲したウオール街占拠運動の掲げたメッセージと同じである。格差の議論はここ数年、アメリカでも話題になっているトマ・ピケティの議論に通じる。その意味で若者にもリベラル派にもサンダースの話はなじみがある。

その後、「大学の高い授業料を無償化」、「政府の救済で辞め太りした金融機関の分割」、「国家に一元化した医療保険」さらには「マリファナ規制の緩和」といったテーマまで演説には登場する。実際に可能かどうかは別として、実に大胆だ。最後のマリファナ規制緩和には筆者は全く興味はないが、それ以外については、ちょっと聞き入ってしまう。

サンダースの掲げる政策の実現性を考えるとかなり疑問であり、この点は様々なジャーナリストに切り込まれている、その疑問に対しては「既存の発想、そのものを変えるのだ」と逆に問い返す。切り返しの見事さも物知りの賢者のようだ。

(3)「ダビデ対ゴリアテ」ならず

既存の発想とは、ワシントン内部(インサイド・ベルトウエー)の考え方であり、それを代表するのがライバルであるヒラリー・クリントンである。金融機関からの圧倒的な支持を受けているため、クリントンは既得権益でがちがちとなっているようにみえる。

その分、クリントンは夢を語りにくい。逆にサンダースには夢があふれている。

この夢を語る理念の重要性こそ、サンダースが今年の選挙戦で再認識させてくれた点であろう。

さらに演説に常に連れてくるジェーン夫人とは一緒に苦労を積み重ねた。ジェーン夫人は非常に地味で、サンダースの人柄がにじみ出ているようだ。クリントンの夫はいうまでもなく、90年代のアメリカの豊かな時代をけん引したビル・クリントンである。弁舌は今もさわやかだが、言葉の全てが実に計算ずくで、ずるがしこい。この配偶者の差も極めて興味深い。

とはいっても、旧約聖書の「ダビデ対ゴリアテ」のように貧弱な羊飼いが大男のゴリアテを倒すような壮大な物語はやはり難しそうだ。まさかの逆転も視野に入っていた2月20日のネバダ州での党員集会での敗北以来、「サンダース旋風」の限界が日増しに顕在化してきた。サンダースはおそらく最後まで選挙戦に残るだろうが、指名獲得はありえないだろう。

それでも、理想を伝えようとするサンダースの残したものは少なくない。その理想は「発想を変え」なければ実現されないかもしれないが、夢を託せる前向きな言葉こそがサンダースの残したことであろう。理想を訴え、それが若者やリベラル派の共鳴を生んだことができただけで、これまでずっと不遇だったサンダースの政治人生の大きな戦いは意義深いのではないだろうか。

上智大学総合グローバル学部教授

専門はアメリカ現代政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版,2011年)、『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著,東信堂,2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)等。

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