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がんの「早期発見」は、すべきではない!?

市川衛医療の「翻訳家」
写真はイメージです(写真:アフロ)

「がんは早期発見」は、もはや常識。非常に早期のがんでも発見できる技術の開発も進んでいます。ところが最近、「がん検診は意味がない、どころか不利益が大きい」という意見も聞かれるようになりました。いったい、どちらが正しいのでしょうか?

がんを見つけても、命が救えなかった

韓国の女性の甲状腺がんの罹患率と死亡率
韓国の女性の甲状腺がんの罹患率と死亡率

グラフは、韓国の女性の「甲状腺がん」について調査した論文の結果です。オレンジの実線が、新しく甲状腺がんと診断された人の率を示しています。1999年ごろから、ものすごい勢いで増えていることがわかりますよね。

実はこれ、早期発見が進んだ結果です。韓国ではここ15年ほど、甲状腺がん検診を受ける人がとても増えました。その結果、次々と早期のがんが見つかっているんです。

問題は、ここからです。

グラフの横軸のわずか上をご覧ください。非常に見にくいですが、点線が引かれていることがわかります。これは、甲状腺がんによる「死亡率」です。10年間でがんが見つかる人は急増したのに、死亡率ほとんど変わっていません。この結果は、早期に多くのがんを見つけても、亡くなる人を減らせなかったということを示しています。

甲状腺には「死なないがん」ができやすい

甲状腺は、ノドにある臓器で、蝶が羽を広げたような形をしています。

甲状腺の位置(Wikipedia
甲状腺の位置(Wikipedia"甲状腺"より)

文献によれば、甲状腺がんではない理由で亡くなった人でも、死後に解剖すると10~28.4%もの人に1cm以下の小さながん(微小がん)が見つかるといわれています。しかし、甲状腺がんで亡くなる人は年間10万人に1人程度にすぎません。

つまり甲状腺には小さながんが出来やすいけれど、その多くは死に至るような悪さをしないのではないかと考えられます。こうした「おとなしい」がんまで、見つける意味があるのでしょうか?

うーん、とは言われても、わずかでも「危険な」がんが見つかる可能性があるならば、検診を受けたほうが良いのでは?と考えてしまいます。というわけで、「見つかったら、どうするだろうか?」ということを考えてみました。

早期発見は「パンドラの箱」

がんだと診断されることは、大きなショックを伴います。想像してみてください。たとえ進行は非常にゆっくりだと説明されたとしても、「自分の中にがんがある」と思うだけで、とても不安になりませんか?がんが発見された結果、深刻なストレスに悩まされる人も少なくないかもしれません。

じゃあ、手術を受けて取り去ればよいのか?というと、こんどは手術に伴う「不利益」が無視できなくなります。

甲状腺がんの手術は、首の皮膚を切り開く方式が一般的で、手術後に傷跡が残ることだってあります。さらに甲状腺はホルモンを作る臓器で、そこを切るわけですから、手術後に薬剤(ホルモン剤)を飲み続けなければならなくなる可能性もあります。そして、本当にごくわずかですが、手術そのものによって命を落とすリスクも存在します。

こう考えてくると、がんの早期発見は「パンドラの箱」の一面を持っていることがわかります。

いちど検診でがんが発見されれば、「治療を受けるか、様子を見るか」など否応なく判断を迫られることになります。でも多くの場合、治療を受けるメリットはハッキリしません。しかし手術を受けるにせよ受けないにせよ、不利益を被るリスクが存在します。

じゃあ、がん検診は、受けないほうが良いの?

もちろん、そうではありません。検診にもさまざまな種類があり、早期発見によって死亡率を下げられることが実証されているものもあります。つまり重要なのは、がん検診を「選んで」受けること。

検診による利益と不利益を天秤にかけて、利益が勝るものを選んで受けるようにすれば良いわけです。

でも選べと言われても、専門的な知識がなければ難しいですよね。私のオススメは、自治体や会社の健康保険組合から勧められる「がん検診」(対策型検診)を受けること。日本では大腸がんや胃がんなど5種類のがんに対して、公的な資金を投じた検診が行われています。(この他に乳がん、子宮頸がん、肺がん)

国立がん研究センターホームページより
国立がん研究センターホームページより

これらの検診は、過去の様々な研究成果を総合した結果、現時点で「利益が上回る」と考えられています。

もし、がんで亡くなるリスクを確実に下げたいのであれば、まずはこの5つの検診を適切に受けるのが良さそうです。でも残念ながら、グラフでも示されているとおり、受診率は半分以下にとどまっています。(それでも、受診率が高まり続けていることは注目すべきことです)

いま日本人の2人に1人がかかるといわれる「がん」。その撲滅のために早期発見が重要とされ、様々な検査技術が開発されてきました。しかし一方で、技術が精緻になったゆえの新たな問題も出てきています。

「がんは(全て)早期発見すべき」と単純に考えるのではなく、「がんを『選んで』早期発見する」というのが、新しい時代の常識になっていくのかもしれません。

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【参考文献】

がん検診は誤解だらけ―何を選んでどう受ける 斎藤 博 著

よくわかる甲状腺疾患のすべて 伴 良雄 著

Korea's Thyroid-Cancer “Epidemic” ーScreening and Overdiagnosis  Hyeong Sik Ahn et al.N Engl J Med 2014; 371:1765-1767

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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